電柱と電柱の間、鉄塔と鉄塔の間に張られた電線は、よく見ると必ずわずかにたわんでいる。 真っ直ぐピンと張った方が、地表からの高さも稼げて安全に見えるのに、なぜあえてたるませて 張るのか。たるみを完全になくすことを目指してはいけないのだろうか。
このトピックを読み終えるころには、架空電線がたわんで見えるのを見て、それが施工の甘さ ではなく計算された設計であることが分かるようになっている。
種明かしは、電線には温度変化で伸び縮みする余裕が必要だという事情にある。 夏の高温時に電線が伸びて弛度が増えても地表との離隔を保てるように、そして冬の低温時に 電線が縮んで張力が高まりすぎても断線しないように、あらかじめ計算した分だけたるませて 張っておく。そのたるみの量を求めるのが「弛度計算」だ。
弛度の公式 — たるみは径間の2乗に比例する
支持物(電柱・鉄塔)の間隔を径間 、電線の単位長さあたりの荷重(自重や着氷雪・風圧荷重を 含めた合成荷重)を 、電線最下点にかかる水平方向の張力を とすると、電線が最も 垂れ下がった位置(径間中央付近)でのたるみ、すなわち弛度 は次の近似式で求められる。
放物線に近い形でたるむ電線の形状を単純化した式だが、実務でも十分な精度で使われている。 ここで注目してほしいのは、分子に径間の2乗が入っていることだ。他の条件を変えずに 径間を2倍にすると、弛度はおよそ4倍に増える。径間が長い送電線ほど、たるみの管理が シビアになる理由はここにある。
例題
径間200m、電線の単位長さあたりの荷重20N/m、水平張力40000N(40kN)の電線がある。弛度はいくらか。
電線の実際の長さは、径間よりわずかに長い
電線はたるんだ分だけ、径間の直線距離よりも実際には長い距離を張られていることになる。 この差(実長と径間の差)も、弛度から近似的に求められる。
例題
径間100m、弛度2mの電線の場合、実長は径間よりどれだけ長いか。
数センチ〜十数センチの差だが、電線を発注する際の必要延長を見積もる場面や、電線メーカーが 定尺・ドラム巻きの長さを設計する場面では、この「径間より少し長い」という前提が 土台になっている。ケーブルの延線工事でドラムの残尺を管理する実務にも、同じ考え方が 生きている。
気温が変わると、たるみも変わる
弛度の公式 は、ある1つの温度条件のもとでの静的な関係式だ。しかし実際の 架空電線は、夏と冬、昼と夜で気温が大きく変わる屋外に張られている。気温が変わると電線は 線膨張係数の分だけ伸び縮みし、実長が変わることで、弛度もそれにあわせて変化する。
ある温度での弛度 から、径間 を使って実長 を求め、 そこに気温変化分の伸び(線膨張係数 、温度差 を使って )を足し合わせれば、変化後の実長 が 求まる。この を弛度の式に逆算して当てはめれば、変化後の弛度 を見積もれる。
例題
径間150m、電線温度20℃のときの弛度が3mだった電線がある。線膨張係数を1℃につき として、電線温度が40℃に上昇したときの弛度はいくらか。
20℃時点の実長は m。 温度が20℃上昇した分の伸びは m。 40℃時点の実長は m。
気温が20℃上がっただけで、弛度は3mから約3.32mへとわずかに増える。
弛度の式に使う張力Tは、「どこの」張力か
ここが試験でもよく狙われるポイントだ。弛度の式の は、電線が最も垂れ下がった 最下点における水平方向の張力成分であり、電線全体にかかる張力の中では最小に近い値になる。
一方、支持物(電柱・鉄塔)への取り付け点では、電線の自重による鉛直方向の分力が 加わるため、実際にかかる張力は よりわずかに大きくなる。電線自体の強度や、支持物・ がいしの強度を設計するときは、この最下点の水平張力ではなく、より大きい支持点側の 張力(最大張力)を基準にする必要がある。「弛度の計算に使うT」と「強度設計に使うT」は、 似ているようで指している場所が違う、という点を押さえておきたい。
支線の張力計算 — 電線の水平張力を、支持物はどう受け止めているか
弛度の計算は「電線1本がどれだけたわむか」を扱ってきたが、電線を引き留める側の支持物 (電柱・鉄塔)にも目を向けてみよう。電線には常に水平方向の張力がかかっており、支持物は その力に引っ張られて倒れないよう支えなければならない。この役目を担うのが支線 (ガイワイヤ)だ。
最も単純な引き留め柱を考える。電線が支持物の一方向だけに水平に張られており、その反対側に 支線が斜めに張られているとする。支持物の頂部では、電線の水平張力Tと、支線の張力T1の 水平方向の成分がつり合っている。支線が支持物(鉛直方向)となす角度をθとすると、支線の 水平方向の分力は と表せるので、つり合いの式は次のようになる。
例題
電線の水平張力T=12kN、支線が支持物と30°の角度をなす場合、支線に生じる張力T1は、
電線が1本だけとは限らない。方向の異なる複数の電線が同じ支持物に張られている場合は、 各電線の張力をベクトルとして図示し、ベクトル合成(平行四辺形の法則や、水平・鉛直 それぞれの成分ごとの足し算)で合力を求めたうえで、その合力とつり合うように支線の張力を 求める必要がある。方向の異なる力を単純に数値だけ足し合わせると、向きの違いが打ち消し合う 分を正しく反映できず、実際より過大な(あるいは過小な)支線張力を見積もってしまう。
弛度計算だけでは語れない、もう一つの動き — 架空送電線の振動
弛度計算が扱ってきたのは、静止した状態での電線のたわみだった。しかし実際の架空送電線は、 風や氷雪という外力を受けて動くことがある。この振動には性質の異なる複数の現象があり、 名前も似ているため混同しやすい。
微風振動は、電線と直角方向に数m/s程度の弱い風を受けたとき、電線の後方に渦(カルマン渦)が 交互に生じ、その渦の力で電線が上下に細かく振動し続ける現象だ。氷雪の付着は前提にならず、 電線が軽いほど、径間が長いほど、張力が大きいほど発生しやすい。長期間続くと、 電線の支持点付近で金属疲労による断線事故につながることがあるため、振動エネルギーを吸収する ダンパ(重錘のついた制振装置)を電線に取り付けて対策する。
サブスパン振動は、微風振動と見た目が似ているが原因は異なる、多導体特有の振動現象だ。 多導体線路では、素導体どうしをスペーサで一定間隔に保っているが、束ねた導体全体が風を 受けると、風上側の素導体が起こした後流(風の乱れ)が風下側の素導体に当たり、風下側の 素導体だけが振動することがある。スペーサとスペーサの間の区間(サブスパン)で起きるため この名がある。単導体の背後に生じるカルマン渦が原因の微風振動とは発生の仕組みそのものが 異なり、単導体には起こりえない現象だ。対策には、素導体間の間隔やスペーサの配置を工夫し、 後流の影響を受けにくくする方法がとられる。
ギャロッピングは、微風振動とは発生条件がまったく異なる。多導体(複数本を束ねた)の 架空送電線に、氷雪が非対称に付着して電線の断面が翼のような形に変わった状態で、風速数〜 20m/s程度のやや強い風を受けたときに生じる、大振幅・低周波数の振動だ。風速が上がるほど 激しくなる傾向があり、電線どうしの接触(相間短絡)や、支持物への機械的な負担が問題になる。 多導体線路の素導体間にスペーサを取り付け、氷雪の非対称付着そのものを起きにくくすることが 主な対策になる。
スリートジャンプは、風とは無関係に起きる別の現象だ。電線に付着していた氷雪が、気温上昇 などで一気に脱落すると、電線は重さを急に失った反動で跳ね上がる。跳ね上がった電線が上部の 電線と接触して短絡事故を起こす危険があるため、電線相互の垂直間隔(離隔)をあらかじめ 広めに設計しておくことが対策になる。
なぜ弛度計算が実務に直結するのか
電材商社の実務では、架空電線そのものを扱う場面は限られるかもしれないが、弛度計算の 考え方は身近なところにも顔を出す。ケーブルラックやケーブルトレイの上で電線・ケーブルを 延線する工事でも、支持点の間隔(径間に相当)を空けすぎるとケーブル自身の自重でたわみが 大きくなり、許容曲げ半径やケーブルへの機械的ストレスの観点から問題になることがある。 「支持間隔を空けるほど、たわみは急激に増える」という弛度計算の感覚は、送電線に限らず、 ケーブルの支持設計全般に通じる考え方だ。
なお、架空電線と地表・建造物との離隔距離には、電気設備技術基準による具体的な基準が 定められている。弛度が大きくなりすぎるとこの離隔を割り込む恐れがあるため、実際の設計では 必ず基準値を確認する必要がある。具体的な数値は最新の電気設備技術基準を確認すること。
冒頭の「なぜ電線はあえてたるませて張るのか」——答え合わせは理解度チェックの最後の 問題でしてみよう。