家庭で使うのは100Vなのに、なぜ発電所はわざわざ50万Vクラスまで電圧を上げてから送るのか。使う場所と全く違う電圧まで持ち上げるのは、遠回りに見えないだろうか。
前のトピックで見た「発電→送電→変電→配電」という道のりの中で、送電区間だけが極端に高い電圧を使っている。ここには理由があるはずだ。
見当がつかなくて当然だ。このトピックを読み終えるころには、送電電圧が高い理由を、式を使って自分で導けるようになっている。
送電線に流れる電力は、三相交流の式で P=√3VIcosθ と表せる。この式が、この科目全体を貫く一本の理屈につながっている。
送る電力Pが一定のとき、電圧Vを大きくすれば、その分だけ電流Iは小さくなる。そして送電線での電力損失は、主に電線の抵抗Rによるジュール損3I²Rで決まる。ここが急所で、損失は電流にそのまま比例するのではなく、電流の2乗に比例する。だから電圧をn倍にして電流を1/n倍にできれば、損失は(1/n)²、つまり1/n²倍にまで減る。電圧を100倍にすれば、損失は1万分の1になる計算だ。
数字で確かめる
抽象的な話に聞こえるので、同じ電力を2つの電圧で送って比べてみる。送る電力を一定とし、線路の抵抗Rも同じとする。
電圧6.6kVで送っている電力を、そのまま66kVで送ったとする。電圧が10倍になったので、 から電流は1/10になる。損失は なので、。電圧を1桁上げただけで、送電中に捨てていた電力が100分の1になる。
逆から見ると、この関係は怖い形でも効く。もし何らかの理由で送電電圧が半分に落ちた状態で同じ電力を送ろうとすると、電流は2倍になり、損失は4倍に膨れ上がる。電線は発熱で温度が上がり、たるみが増え、最悪は許容電流を超える。電圧の維持が単なる品質の問題ではなく、設備の安全の問題でもあるのは、この2乗の効き方があるからだ。
では、なぜ無限に上げないのか
損失が1/n²で減るなら、電圧はいくらでも高いほうが得に思える。しかしそうならない理由が2つある。
1つは絶縁だ。電圧を上げるほど、電線と鉄塔の間、電線同士の間に必要な距離が伸びる。がいしの連結枚数が増え、鉄塔は高く大きくなり、用地も余計に要る。損失を減らして浮いた分より、設備にかかる費用のほうが大きくなる境目がどこかにある。
もう1つはコロナ放電だ。電線の表面付近の電界が強くなりすぎると、周りの空気が部分的に絶縁を失って放電が始まる。これ自体が電力の損失になり、雑音の原因にもなる。次のトピックで見る多導体方式や太い電線は、この現象への対策として生まれた形だ。
つまり送電電圧は、「損失を減らしたい」という力と、「絶縁とコロナを抑えたい」という力の釣り合いで決まっている。50万Vという数字は、この綱引きの結果として選ばれた妥協点であって、天から決まっていたわけではない。
とはいえ、電圧はどこまでも高いままでは使えない。だから変電所を経るごとに、需要側の規模や用途に合わせて段階的に電圧を下げていく。ある電力会社の公表例では、500kV/275kV級の超高圧変電所から始まり、154kV→77kV→33kV(配電用へ)→6.6kVという順に下げていくとされている。この途中の電圧の刻みは電力会社や地域によって異なり、全国共通の規格ではない。全国で確実に共通しているのは、電気設備に関する技術基準を定める省令 第2条が定める、低圧(交流600V以下)・高圧(600V超7,000V以下)・特別高圧(7,000V超)という3つの区分だけだ。
一本の不等式が、鉄塔の高さと電柱の数を決めている
この「電圧を上げれば損失は電流の2乗で効いて急減する」という関係は、送電線の設計だけでなく、鉄塔の高さやがいしの連結枚数、電線の太さといった、目に見える設備の姿すべてに影響を及ぼしている。
今日試せることとして、家の分電盤に表示されている契約電圧や、近所の高圧線・特別高圧線の鉄塔の大きさを見比べてみるといい。電圧が高い設備ほど、絶縁のための余裕を大きく取る必要があり、鉄塔もがいしも大きくなる傾向がある。
この関係が電力システムの設計思想の根っこにあるのは、限られた発電量をできるだけ無駄にせず届けるためだ。そして太陽光発電や蓄電池を高圧・特別高圧の系統に接続する仕事でも、この「電圧を上げれば損失が減る」という同じ理屈の上に、接続する場所の電圧が決められている。
冒頭の謎、なぜ発電所はわざわざ電圧を上げてから送るのか。答え合わせは理解度チェックの最後の問題でしてみよう。