制御盤の奥で唸っている三相誘導電動機の回転子には、電線が1本もつながっていない。 外部から電気を受け取っているのは固定子側の巻線だけで、回転している側(回転子)には 電源との直接の配線が存在しない。
配線でつながっていないのに、なぜ回転子には電流が流れ、トルクが生まれて回り続けるのか。 そして、電動機の回転速度は電源周波数と極数だけで決まる「同期速度」ぴったりには 決してならないという。この「わずかなズレ」こそが、誘導電動機を回し続けている 仕組みそのものだ。
このトピックを読み終えるころには、電源周波数と極数から同期速度を計算し、 実際の回転速度との差から「すべり」を求め、回転子側に流れる電流の周波数まで 計算できるようになっている。
種明かしは、回転磁界に、回転子がほんの少し遅れてついていくという、 誘導電動機の名前そのものが表す仕組みにある。
回転磁界と同期速度 — 電源周波数と極数だけで決まる速さ
三相の固定子巻線に三相交流を流すと、固定子の内側には回転する磁界が生まれる。 この回転磁界の速さ(同期速度)は、電源周波数 と極数 だけで決まり、 負荷の大きさや回転子の構造とは無関係だ。
例題
電源周波数50Hz、4極の電動機の同期速度は何rpmか。
なぜ回転子は「同期速度どおり」には回らないのか
回転磁界が回転子を通過するとき、回転子側の導体は磁界を「横切る」ことになり、 電磁誘導によって回転子に電流が誘導される(変圧器の二次巻線に電流が誘導されるのと 同じ原理)。この誘導電流と回転磁界が作用し合うことで、回転子にトルクが生まれる。
ここで重要なのは、磁界を横切る(相対運動がある)ときにしか誘導電流は生まれない という点だ。もし回転子が回転磁界とまったく同じ速度(同期速度)で回ってしまえば、 回転子から見た磁界は静止して見え、横切る動きがなくなるため誘導電流もトルクも 生まれなくなる。
だから誘導電動機の回転子は、必ず同期速度よりわずかに遅れて回る。この遅れの量を すべり と呼ぶ。
は実際の回転速度。始動直後(回転子が停止している状態)は なので 、 負荷が軽くなるほど回転子は同期速度に近づき、 は数%程度まで小さくなる (ただし理論上、 には決してならない)。
例題
同期速度1500rpmの電動機が、実際には1455rpmで回転しているときのすべりは何%か。
回転子側の電流は、電源周波数とは違う周波数で流れている
回転子から見ると、回転磁界は「同期速度と実際の回転速度の差の分」だけ、 相対的に動いて見える。この相対速度に対応する周波数が、回転子に誘導される電流の 周波数(二次周波数) で、電源周波数 とすべり を使ってこう表せる。
例題
電源周波数50Hz、すべり5%で運転している電動機の二次周波数は何Hzか。
二次入力の行き先 — 二次銅損と機械的出力への配分
固定子側から回転子側へ、空隙(エアギャップ)を通じて伝わる電力を二次入力 と呼ぶ。 この は、すべてが軸のトルクに変わるわけではない。回転子側の巻線抵抗で消費される 二次銅損 と、実際に軸から取り出せる機械的出力 の2つに分かれる。
この配分の比は、すべり そのものを使ってきれいに表せる。
例題
三相誘導電動機の二次入力が600W、すべりが5%で運転している。二次銅損と機械的出力は それぞれいくらか。
一次側から見ると、電源から供給される一次入力のうち、鉄損と一次銅損が一次側で 先に失われ、残りが二次入力として空隙を越えて回転子側に伝わる。二次入力を 求めるときは、まず一次入力から一次側の損失(鉄損・一次銅損)を差し引く、という 1段階前の計算が必要になる場面もある。
誘導電動機は「回転する変圧器」— 固定子と回転子を一次・二次にたとえる
回転磁界と回転子の関係をもう一段掘り下げると、誘導電動機は原理的に変圧器とよく似た 構造をしていることが見えてくる。固定子巻線に電流が流れて生まれる回転磁界が、回転子巻線を 切ることで起電力を誘導する——この関係は、変圧器の一次巻線が作る磁束が二次巻線を貫いて 起電力を誘導する仕組みと、原理的にまったく同じだ。
- 固定子巻線 ⇔ 変圧器の一次巻線
- 回転子巻線 ⇔ 変圧器の二次巻線
回転子(二次側)に電流が流れると、その電流は自分自身の起磁力をつくる。この起磁力は、 固定子(一次側)がつくった磁束を打ち消す向きに働く。すると、その打ち消された分を 補うように、固定子側にも追加の電流が流れ込む——ちょうど変圧器で二次側に負荷電流が 流れると、それを打ち消すように一次側にも電流が誘起されて流れ込むのと同じ関係だ。
二次起電力とすべりの関係 — 静止時の何倍になるか
回転子が完全に停止している状態()では、回転磁界は固定子を切るのと同じ速さで 回転子巻線を切る。このときの二次起電力(相電圧)を(静止時二次起電力)と呼ぶ。
回転子が回転しはじめると、回転磁界と回転子の相対速度はすべりの分だけ小さくなる ため、誘導される二次起電力もそれに応じて小さくなる。
はすべりで運転しているときの二次起電力だ。この式は、以前見た二次周波数の式 と、まったく同じ「すべりをかける」構造をしている。
例題(自作の数値例)
回転子が停止している状態()での二次起電力(相電圧)が150Vの誘導電動機がある。 すべり5%で運転しているときの二次起電力は、
等価回路定数の測定 — 一次巻線抵抗測定・無負荷試験・拘束試験
誘導電動機を「回転する変圧器」として等価回路で扱うと決めても、そこに入る抵抗・リアクタンスの 具体的な数値は、設計値ではなく実際に測定して求める。変圧器のときと同じく、次の3つの試験を 組み合わせる。
- 一次巻線抵抗測定:回転子を回さない静止状態で、一次巻線の各端子間の抵抗を直流で測定する。 絶縁材料の耐熱クラスによって定められた基準巻線温度(75℃や115℃など)に換算してから、 等価回路の一次抵抗として使う。
- 無負荷試験:一次巻線に定格周波数の定格一次電圧を印加して無負荷運転し、一次側の 電圧・電流・電力を測定する。この結果から、鉄心を磁化するための励磁回路(サセプタンス・ コンダクタンス)の値が求まる。
- 拘束試験:回転子を回転しないように固定し、一次電流が定格電流程度になるよう電圧を 低く抑えて通電し、そのときの電圧・電流・電力を測定する。この結果から、一次二次の 合成漏れリアクタンスと二次抵抗が求まる。
誘導機は発電機としても使える — 同期速度を超えると、すべりは負になる
すべりの式 は、回転子が同期速度より遅い()場合しか 扱えないわけではない。もし外部の原動機(風車やタービンなど)で回転子を同期速度より 速く回してしまうとどうなるか。
このとき となるため、すべり は負の値になる。回転子は回転磁界を 追い越す形になり、誘導される電流の向き・トルクの向きが逆転する。電動機として 電力を消費する代わりに、電力を系統側へ送り出す誘導発電機として動作するように なる。
三相かご形誘導機は構造がシンプルで安価なため、この制約を理解した上で、一部の 小水力発電・風力発電で誘導発電機として使われている。
損失の全体像 — 銅損・鉄損・機械損の3分類
ここまで見た二次銅損は、誘導電動機が持つ損失のうちの1種類にすぎない。電気機器の損失は、発生の仕組みによって大きく3つに分類できる。
- 銅損:巻線の抵抗によるジュール熱。一次側の巻線で生じる一次銅損と、回転子側で生じる二次銅損(このトピックで見たPc2)がある。電流の2乗に比例する。
- 鉄損:鉄心に交流磁束が通ることで生じる損失。うず電流損とヒステリシス損の2成分の合計であり、電圧・周波数がほぼ一定であれば、負荷の大小にかかわらずほぼ一定の値になる。
- 機械損:軸受(ベアリング)の摩擦損失や、冷却ファンが空気を動かすことで生じる風損など、回転部分そのものに起因する損失。回転速度でほぼ決まる。
誘導電動機の場合、これらの損失は次の順番で電力から差し引かれていく。
例題(自作の数値例)
三相誘導電動機の一次入力が6000W、一次銅損と鉄損の合計が400W、すべりが5%、機械損が100Wで運転しているときの軸出力を求める。
一次入力から軸出力まで、損失を1つずつ順番に差し引いていく流れそのものが、誘導電動機の効率を計算するときの基本手順になる。
制御盤・現場での「すべり」の意味
制御盤やインバータ盤で三相誘導電動機を扱うとき、銘板に書かれた「定格回転速度」は 同期速度そのものではなく、定格負荷時のすべりを差し引いた実際の回転速度が表示されている。 たとえば4極・50Hzで同期速度1500rpmの電動機の銘板が「1450rpm」となっていれば、 定格負荷時のすべりはおよそ3.3%だと逆算できる。
インバータで電動機の速度を制御する場合も、出力周波数を変えることで同期速度そのものを 動かしている。実際の回転速度は、その同期速度からすべりの分だけ遅れた値になる—— この関係は、インバータの周波数設定と実測回転速度にズレがあるときの点検の 出発点にもなる。
冒頭で見た、回転子に電線がつながっていないのに回り続ける仕組み——答え合わせは 理解度チェックの最後の問題でしてみよう。