隣り合わせに据え付けた2面の盤を見比べて、思わず目を細めたことがある人は少なくないはずだ。片方は数年前に増設したメーカーA製、もう片方は今回新設したメーカーB製。図面上はどちらも「標準色」と指定されているし、遠目にはどちらも同じベージュ系に見える。それでも扉を閉じて並べた瞬間、片方がわずかに黄みがかり、もう片方がわずかに白っぽいという違いが、光の当たり方次第で急に主張し始める。
規格通りに作ったはずなのに、規格通りに見えない。この違和感の正体を追っていくと、「規格が定めているものは何か」という、意外と誰も立ち止まって考えない問いに行き当たる。
なぜ盤の色にわざわざ規格があるのか
配電盤・制御盤の色に規格が存在すること自体、初めて聞くと少し意外に感じるかもしれない。塗装なのだから、メーカーの好みや意匠で決めればよいのではないか、とも思える。
実際には逆で、色をメーカーごとの自由に任せていた時代の反省から、統一の必要性が語られるようになった経緯がある。日本電機工業会(JEMA)が定めるJEM 1135「配電盤・制御盤及びその取付器具の色彩」は、1956年に制定された規格で、その目的を「監視及び操作においても、保守・点検においても、間違いをなくし、危険を防止し、迅速な処置を行うことができる」ことに置いている。同じ変電所・工場の中に複数メーカーの盤が並ぶ場面は珍しくない。そのとき盤ごとに色や配色の考え方がばらばらでは、どの盤がどの系統に属するのか、操作部と表示部の区別がどこにあるのかを、作業者が瞬時に判断しづらくなる。色を統一することは、意匠の問題である以前に、誤操作や事故を防ぐための安全設計の一部だという位置づけになる。
JEM 1135の標準色――5Y7/1という数字
この規格が現在の標準色として定めているのが、マンセル値で「5Y7/1」と表される色だ。1977年の改正でこの値が採用され、以来、配電盤・制御盤の色として広く定着してきた。
ただし、この色が最初から定番だったわけではない。1958年の制定当初、標準色とされていたのは「7.5BG6/1.5」という青みがかった青緑色だった。Diary on windの解説によれば、この旧色は1953年の鉄道電化協会の研究に基づいて選ばれたもので、「落ち着いた気分」を出すことがその選定理由だったという。当時の変電所や工場は運転員が常駐する場所であり、長時間そこにいる人の心理に配慮した、控えめで上品な色が求められていたということになる。
その色が1977年に5Y7/1へと切り替わった背景には、単なる好みの変化以上の事情があった。同解説は、1970年代に入って塗装ラインの自動化が進んだ結果、色分けを維持すること自体が「塗面積、工数ともに2〜3倍アップ」する経営上の負担になっていたことを指摘している。加えて、発変電所の無人化が進み、運転員が常駐する場所から保守点検時のみ人が立ち入る場所へと施設の性格そのものが変わったことで、「落ち着いた気分」を演出する必要性そのものが薄れていった。同じ時期、自動車業界などでホワイト系の色が高級志向とともに主流になっていったという時代の空気も、色の見直しを後押ししたとされる。
新しく採用された5Y7/1について、同解説は「平凡な色彩ではあるが、この任に十分答え得る色彩」と評されていたことを紹介し、その平凡さこそが逆に「万年流行色」として長く使い続けられる強みになると見込まれていたとも記している。実際、この色は半世紀近く経った今も標準として使われ続けており、その予測は的中したと言ってよさそうだ。
マンセル値とは何か――色を数字で語る仕組み
ここで少し立ち止まって、「5Y7/1」という表記そのものが何を意味するのかを見ておきたい。これはマンセル表色系という、色を人間の知覚に沿って数値化する体系の表記だ。JIS Z 8721がこの表示方法を定めている。
マンセル表色系は、色を3つの属性の組み合わせとして表す。色相(Hue)は色みの種類そのもので、赤・黄・緑・青・紫の5つの基本色相と、その間を埋める5つの中間色相を合わせた10色相を基準にする。明度(Value)は明るさの度合いで、理想的な黒を0、理想的な白を10とする尺度上のどこに位置するかを示す。彩度(Chroma)は色の鮮やかさで、色によって取り得る最大値が異なり、彩度が2以下になるとほとんど無彩色(グレー)に近づいていく。
この3つを「色相 明度/彩度」の順で並べたのが表記の形だ。5Y7/1であれば、5Yは黄色系の色相、7は10段階中7程度というかなり明るい部類、1はほぼ無彩色に近い低い彩度を意味する。組み合わせると、明るく控えめな、いわゆるベージュ系の色になる。数値だけを見ると無機質な羅列に思えるが、実際にはこの3つの数字さえ揃えば、離れた場所にいる人同士でも「同じ色」を言葉ではなく数字で共有できるという、色の見本帳を持たずに色を伝達するための道具なのだ。
メーカーによる微妙な色差はなぜ生まれるのか
ここまでの説明だけを読むと、5Y7/1という数値が決まっている以上、どのメーカーの盤も寸分違わぬ同じ色になりそうなものだと思えてくる。ところが実際の現場では、冒頭で触れたような「似ているのに同じではない」色差が普通に起きる。
その理由は、規格が定めているものの性質にある。JEM 1135が規定するのは、色を特定する数値と、それに関する若干の許容の考え方であって、世界中どの塗料工場でも寸分違わず再現される単一の顔料配合ではない。実際、東洋電装の解説によれば、かつての規格運用では色差計による測定値が「JEM-1135に基づき±1.5NBS以内」かどうかを検査する、という許容差の考え方が語られていた。ところがJEMA自身が示す最新改正(2022年)の内容を見ると、旧規格にあった色彩許容差の規定はむしろ削除され、今後は数値としての許容差を規定しない方向に変わっている。数値で厳密に縛ろうとする発想自体が、規格を運用する側でも維持し切れなくなっていったと見ることもできる。
塗料が実際に作られる過程を見ると、この「範囲」の意味がさらにはっきりする。有限社湯澤塗装工業所の解説によれば、塗装業者が塗料を発注してから、塗料メーカー側で初めて調色が行われるのが実務の流れだという。つまり5Y7/1という色は、どこかの倉庫に完成品として保管されているわけではなく、注文が入るたびにその都度作られる。同解説は「同じ5Y7/1で発注したのにその度に微妙に色が違うということが平気で起こります」と述べ、その一因として、塗料メーカーごとに調色の元となる原色の発色の癖――同解説の言葉を借りれば「色あし」――が異なることを挙げている。同じ数値を目標にしても、そこへ至る調合の道筋がメーカーごとに違えば、出来上がる色にも自然とばらつきが生まれるということだ。
日東工業がキャビネットの標準色として、5Y7/1系のライトベージュ(日本塗料工業会番号P25-70B)と、2.5Y9/1系のクリーム(同P22-90B)という2色を用意していることも、この文脈で見ると理解しやすい。業界には5Y7/1と並んでこの2.5Y9/1も広く使われており、どちらか一方だけを標準とするメーカーもあれば、両方を標準として使い分けるメーカーもある。「標準色」という言葉自体が、実は単一の色を指しているとは限らないのだ。
規格が示しているのは、こうして生まれる幅の中にどうにか収まるべき「範囲」であって、塗料工場のどのタンクを開けても出てくる「唯一の正解」ではない。この構造を理解すると、異なるメーカーの盤を並べたときに感じる色差は、どちらかが規格から逸脱した不良品であることを意味しているのではなく、規格そのものが最初から許容してきた自然なばらつきの範囲内に収まっている可能性の方が高い、ということが見えてくる。
改修・増設で既設の盤に色を合わせる難しさ
新品同士でもこれだけの幅があるとなると、竣工から何年も経った既設の盤に、新しく増設する盤や補修塗装の色を合わせようとする作業がどれほど難しいかは、想像に難くない。
既設の盤は、竣工した瞬間から時間の経過とともに変化し続けている。紫外線や熱、屋内であっても照明や周囲の環境による影響を受け、塗装面はゆっくりと退色していく。つまり合わせるべき「正解」は、規格が定める新品時の標準色でも、メーカーのカタログに載っている数値でもなく、目の前にある既設の盤そのものが今まとっている、竣工時とはすでに違う色だということになる。
ここに、新しく調達する塗料側の調色差が重なる。同じ5Y7/1を指定して発注しても、前述の通り塗料メーカー・ロットによって仕上がりに幅が出る。「規格上の正解」「メーカーのカタログ値」「既設の現物が今まとう色」という3つの基準点が、年数を重ねるほど少しずつ離れていく状態の中で、どれか一つに狙いを絞って色を合わせようとする作業になる。新設の盤同士を同じ色で塗り分けるのとは、難易度の質そのものが違う。
補修塗装の実務――タッチアップの限界を知っておく
日常の保守では、盤の一部にできた傷やこすれを、部分的な補修塗装(タッチアップ)で直す場面が多い。リタールの解説は、この方法の利点として、盤の稼働を止めずに低コストで補修できる手軽さを挙げている。応急的な対応としては優れた選択肢だ。
その一方で、同解説は限界も明確に指摘している。タッチアップペイントは他の塗装方法に比べて耐用年数が短く、補修跡を周囲となじませて目立たせないように仕上げるには相応の熟練を要するという。さらに見過ごされがちなのが、応急補修を目的として販売されている製品の中には、IEC 61439が制御盤の筐体に求める耐食性・絶縁性・耐UV性の要件を満たせないものがある、という指摘だ。傷を隠すこと自体はできても、その補修が盤の防食・絶縁性能そのものを本来の水準まで回復させているとは限らない。広い面積の色ムラや、屋外に長期間さらされる盤の本格的な補修には、タッチアップだけで済ませず、盤メーカーが用意する規格適合の補修塗料を使うか、全体の再塗装を検討する判断が必要になる。
色を「合わせる」という作業は、見た目を整える工程であると同時に、盤としての性能をどこまで元の水準に戻すかという判断でもある。冒頭で触れた「似ているのに同じではない」違和感は、多くの場合そのままにしておいて実害のあるものではない。しかし、その違和感の理由を「規格は範囲を定めているだけで、唯一の正解を定めているわけではない」という一点まで遡って理解しておけば、次に色の違いに気づいたときの受け止め方は、きっと変わってくる。
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