天井点検口を開けて中を覗いたことがある人は少ない。照明とスプリンクラーヘッド以外、天井の向こうに何があるかを気にする理由がないからだ。だが実際に覗くと、そこには吊りボルトとケーブルラックが縦横に走り、それを支える金具がいくつも連なっている。しかも金具は一種類ではない。まっすぐ吊るだけの金具もあれば、斜めに突っ張る金具、鉄骨のフランジを挟み込むように噛みつく金具もある。型番も細かく分かれている。
誰も見ない場所の部材に、なぜここまでの種類がいるのだろう。
この問いへの答えは、平時にはまず出てこない。姿を現すのは地震の瞬間だけだ。
2011年、ケーブルラックの耐震規定が「初めて」書き込まれた
建築設備の耐震支持については「建築設備耐震設計・施工指針」(一般財団法人日本建築センター発行)という業界標準がある。この指針、実は2011年の東北地方太平洋沖地震の被害を踏まえて2014年に改訂されており、その際に電気設備用のケーブルラックに関する規定が新たに盛り込まれた。逆に言えば、それ以前はケーブルラックの耐震支持について、指針上の明文規定がなかったということになる。
天井から吊るされた設備がどのくらい脆いかは、同じ震災で全国約2,000件・死者5名という規模の天井脱落被害が報告されていることからも想像できる。ケーブルラックそのものの被害統計とは別の話だが、「吊るしてあるだけの重量物」が地震でどう振る舞うかという意味では地続きの話だ。改訂後の指針には、吊りボルトで耐震支持をする場合、自重支持用の吊りボルト4本で構成される4つの面それぞれに2本の斜材をX形に配置する、という具体的な施工方法まで明記されている。横引き配管であればA種は配管重量の0.6倍、SA種は1.0倍の水平荷重に耐える支持材を選ぶ、という数値まで決まっている。
つまり天井裏の金具の種類がやたらと多いのは、飾りでも過剰品質でもない。想定する荷重・角度・設置場所の組み合わせの数だけ、型番が分かれているというだけのことだ。
ネグロス電工とは——「地味な金具」を専業でつくり続けてきたメーカー
ネグロス電工は、DINレール・ケーブルラック・吊りボルト・振れ止め支持材・パイラックといった電路支持材を専業とするメーカーだ。会社としての歴史は、実はまっすぐな一本道ではない。1947年に個人経営の電気工事店として始まり、1954年に碍子固定金具「アングラック」を考案してから支持金具の自社開発を続け、1969年にネグロス電気株式会社とネグロス電材工業株式会社という2社の合併によって、ようやく現在の社名になった。
社名の由来もまた、製品の地味さとは対照的な重みを持つ。「ネグロス」は創業者・菅谷政夫氏が太平洋戦争で従軍したフィリピン・ネグロス島の名にちなむ。同氏はこの地で九死に一生を得て復員したとされ、そこから「利他の精神」を経営理念に掲げるようになった。この理念は現在、公益財団法人ネグロス育英会という奨学金事業の形で受け継がれている。
美談として消費してしまうにはもったいない話だと思う。天井裏で誰にも見られない金具に対して、耐震クラスごとの規格を律儀に用意し続ける姿勢——それは「見えない場所の安全を軽視しない」という発想と、案外地続きなのかもしれない。少なくとも、資本金1億円・従業員1,570名規模の専業メーカーが、ケーブルラックとレースウェイとパイラックという地味な3本柱を主力製品に据え続けている事実は、この理念と無関係ではないだろう。
製品体系——DINレール・ケーブルラック・支持金具の見取り図
| カテゴリ | シリーズ | ざっくり言うと |
|---|---|---|
| DINレール | D1シリーズ(EN50022準拠・35mm幅) | 制御盤内で機器を実装するレール |
| ケーブルラック | SRシリーズ(幅200〜800mm) | 建物・工場内のケーブル敷設経路 |
| 吊りボルト・支持金具 | 全ねじボルト・ハンガー類 | 天井からの吊り下げ固定 |
| 振れ止め支持材 | 斜材金具・全ねじ交差金具 | 地震時の水平方向の揺れを抑制 |
| 配線器具取付枠 | 各シリーズ対応取付枠 | スイッチ・コンセントをボックスへ取り付ける枠 |
| 配管・形鋼支持金具 | パイラック(PH1・PH1W・PH2W) | 形鋼への穴あけ不要な角度自在支持 |
DINレールだけが少し毛色が違う。EN50022という、実はドイツの工業規格(DIN)に由来する35mm幅のハット型レールが国際標準として定着したもので、日本発の規格ではない。それでも国内の制御盤はほぼ例外なくこの規格に沿って設計されている。海外機器と国内機器が同じ盤の中に混在できるのは、この規格が国境を越えて共有されているおかげだ。
選び方——耐震性・施工性を踏まえた選定基準
DINレール:材質は「めっき」ではなく環境で選ぶ
標準品はユニクロめっきのスチール製で、屋内の一般的な制御盤ならこれで十分だ。判断が分かれるのは、食品工場・化学プラント・塩害地域など、腐食条件が厳しい環境の場合で、ここではステンレス品(SD-D1・S-D1)か溶融亜鉛めっき品(Z-D1)を検討する。長さは2m・2.5m・4mの3種があり、盤の規模に合わせて選ぶ。
ケーブルラック:幅は「今の本数」ではなく「増設後」で決める
幅200mm〜800mm(SR20〜SR80)の中から、敷設ケーブルの外径合計のおおむね1.5〜2倍を目安に選ぶ。将来の増設スペースを見込んで1ランク上の幅を選ぶ設計も多い。忘れられがちなのが支持間隔の設計だ。幅だけを決めて発注すると、吊りボルトのピッチや耐荷重の検討が後回しになりやすい。
吊りボルト・振れ止め支持材:耐震クラスをまず確認する
ここが最も判断を誤りやすい領域だ。図面に「耐震支持」と書いてあっても、それがA種・B種・SA種のどれを指すのかまでは書かれていないことがある。前述の通り、吊りボルトによる耐震支持は「4本の吊りボルト×4面×斜材2本のX形」という具体的な形が指針に示されており、単に斜めに1本添えるだけでは要求を満たさない場合がある。設計段階で耐震クラスを確認してから支持金具の点数・角度を決めるのが、後戻りのない進め方だ。
パイラック:フランジ厚で選び、鉄骨には穴を開けない
パイラックは形鋼のフランジを2点で挟み込む構造のため、鉄骨そのものへの穴あけが要らない。鉄骨梁への後施工の穴あけは部材の耐力を落としかねず、耐火被覆を傷つける懸念もあるため、現場では基本的に避けたい作業だ。選定はフランジ厚だけで決まる。PH1が3〜16mm、PH1Wが9〜24mm、PH2Wが17〜32mmで、仕上げはスチール標準(E)・亜鉛めっき(Z)・ステンレス(S)から環境に応じて選ぶ。
比較・注意点——現場で起きがちな取り違え
DINレールとケーブルラックは名前も形も違うのに、「支持材一式」としてまとめて発注されると、材質の指定漏れが起きやすい。屋内制御盤用のDINレールは標準品で構わないのに、隣接するケーブルラックが屋外配線用でステンレス指定だった場合、DINレールだけ標準品のまま発注されてしまう、といった食い違いだ。材質は製品ごとに個別に確認したほうがいい。
振れ止め支持材については、耐震クラスの見落としに加えて、「そもそも要否の判断がされていない」現場も見かける。既存設備の更新工事では、新設時の設計図に耐震支持の記載があっても、更新時にその記載が引き継がれず、耐震支持なしで復旧されてしまうことがある。改修工事では旧図面の耐震クラス指定を必ず確認したい。
パイラックは適合フランジ厚を間違えると、挟み込みが緩んで固定力が出ない。現物の鉄骨フランジ厚を実測してから発注するのが確実だ。
まとめ
天井裏の金具にバリエーションが多いのは、複雑にしたいからではなく、荷重・角度・設置場所の組み合わせをひとつずつ潰していった結果だ。そしてその結果は、平時には見えない。ケーブルラックの耐震規定が指針に書き込まれたのが2011年の震災以降だったという事実は、逆に言えば、それまでは「揺れたときにどうなるか」があまり検証されていなかった領域だったことも示している。
ネグロス電工が「利他の精神」を掲げてきたことと、誰も見ない場所の支持金具に律儀な規格を用意し続けてきたことは、直接の因果関係として証明できるものではない。それでも、見えない場所の安全にコストと手間をかけ続けるという姿勢は、少なくとも矛盾しない。
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