制御盤の中で、温調計とPLCをつなぐ通信線をもう1本増やすだけの作業のはずだった。既設のRS-485ラインには、すでに温調計が12台、行儀よく数珠つなぎになっている。頼まれたのは13台目の追加。ラインの末端まで配線をやり直すのは面倒だ。幸い、6台目の温調計のすぐそばに空いた端子台があった。そこから短い線を1本分岐させれば、新しい温調計まで届く。継ぎ足しは数分で終わった。
念のため、と思って分岐の先にも120Ωの抵抗を1本入れておいた。終端抵抗は両端に入れるものだと、どこかで読んだ記憶があったからだ。ここが新しい「端」になるのなら、入れておいて損はないはずだった。
ベンチ上で13台つないで通信テストをすると、何の問題もなく動く。ところが盤を現場に据え付け、実際の配線長でシステム全体を動かし始めると話が変わった。数珠つなぎの列の後ろのほうにある温調計が、ときどき応答を返さなくなる。ポーリングをやり直せば直る。だが、しばらくするとまた同じ温調計が黙り込む。テスターを当てれば導通はある。断線ではない。回路図どおりに配線されている。それなのに、何かが確実におかしい。
この「配線は間違っていないのに、通信だけが不安定になる」という感覚こそが、RS-485という規格の癖を理解しているかどうかの分かれ目になる。
RS-485とは何か——差動2線式のマルチドロップバス
RS-485は、正式にはEIA/TIA-485という規格の通称である。株式会社ソフテックの技術レポートによれば、これはRS-422を半二重通信方式として規格化したもので、1組のツイストペア線(2線式)または2組(4線式)の信号線に、複数の機器をぶら下げて通信できる点が最大の特徴だとされる。PLC・インバータ・温調計をModbus RTUなどのプロトコルでつなぐ現場では、2線式・マスタ/スレーブ方式の構成が主流だ。
ここでいう「複数の機器をぶら下げる」という表現は、電気的にはマルチドロップ、あるいはパーティラインと呼ばれる構成を指す。1本の電線に対して、すべての機器が対等に接続され、送信していいのは同時に1台だけというルールの上で通信が成立する。1対1で機器をつなぐだけの通信とは、この時点ですでに前提が違う。
なぜ配線は「デイジーチェーン」でなければならないのか——反射という現象
RS-485の信号は、電線の上を瞬間的に伝わる電圧の変化ではない。組込み技術ラボ(マクニカ)の解説は、これを波にたとえている。防波堤に波がぶつかると反射して波形が乱れるように、信号という電気的な波も、伝わっている経路の途中でインピーダンス(電気の通りやすさの特性)が急に変化する箇所に出会うと、そこで一部が跳ね返ってしまう。
配線の末端がただ開放されているだけの状態は、その機器から見ればインピーダンスが無限大の壁にほかならない。信号はそこに突き当たって反射し、あとから送られてくる次のビットの波形に重なって歪みを生む。低速で短い配線であれば実害は出にくいが、伝送速度が上がり配線が長くなるほど、この歪みは受信側が0と1を正しく読み分けられなくなる限界に近づいていく。
だからこそ、規格が定める配線の姿は「デイジーチェーン」、つまり1本の幹線が機器から機器へと一直線に渡り歩く配線構造だけになる。経路が一直線であれば、インピーダンスが変化する箇所は原理的に両端の2か所だけに絞り込める。Wikipediaの解説は、この点をはっきり言い切っている。スター型やリング型のトポロジーは、信号の反射や、終端インピーダンスが過大・過小になることを理由に推奨されない、と。
スター配線が破綻する理由——分岐点そのものが、もう一つの反射源になる
では、幹線の途中から短く枝分かれさせるだけの、あの「ちょっとした分岐」の何がいけないのか。
分岐点は、それ自体が経路の途中に生まれるインピーダンスの変化点になる。1本だったはずの電線が、分岐した瞬間に2本分の負荷へ枝分かれし、その地点だけ電気的な性質が変わってしまう。反射を防ぐために両端だけを整えても、経路の途中にこうした分岐が挟まっていれば、そこで新しい反射が生まれることは避けられない。
冒頭の温調計の話に戻ろう。あの分岐は、幹線の途中に新しい枝を作ったという点で、まさにこの構造そのものだった。しかも枝の先に追加した抵抗は、規格が「両端のみ」に限定している終端抵抗の原則から外れた位置にある。分岐そのものによる反射に加えて、想定されていない位置に抵抗という負荷まで加わったことで、バス全体の信号品質がどこまで削られていたのかは、あとから正確に切り分けるのは難しい。だが、最初に疑うべき場所がどこだったかは、この時点でもう明らかだった。
終端抵抗——なぜ「両端の機器だけ」なのか
終端抵抗の役割は、ケーブルの特性インピーダンスに近い値の抵抗を配線の末端に置くことで、その先に配線がどこまでも続いているかのように電気的に見せかけ、反射そのものを起こさせないことにある。株式会社データリンクの解説によれば、値の目安は120Ω前後で、これはツイストペアケーブルの特性インピーダンスに合わせて決まる。
重要なのは設置場所だ。終端抵抗が意味を持つのは、幹線の物理的な両端にあたる2台の機器、それぞれ1個ずつに限られる。途中にある機器には入れない。多くのFA機器には終端抵抗を内蔵し、スイッチやジャンパでON/OFFを切り替えられる製品があるが、両端以外の機器ではこのスイッチを必ずOFFにしておく必要がある。
なお、終端抵抗の指定値は必ずしもどの製品も120Ωというわけではない。三菱電機の公開情報によれば、同社のシリアル通信ユニットQJ71C24Nでは110Ω・1/2Wの抵抗が指定されている。数字は機器内部の回路設計によって変わりうるため、実際に使う抵抗値は接続する機器のマニュアルで確認したうえで選ぶのが安全だ。
バイアス抵抗——終端抵抗とは、そもそも解決したい問題が違う
終端抵抗を正しく両端に入れれば、それでRS-485の配線は万全になるのだろうか。実はもう一つ、別の種類の不安定さが残っている。
RS-485のバスは、常にどこかの機器が送信し続けているわけではない。ポーリングの合間には、どの機器も送信していない「アイドル」の時間が必ず生まれる。この間、信号線の電位を積極的に決めている送信側が誰もいない状態になる。株式会社エム・アンド・ジーの解説は、この状態を放置すると信号線の電位が0V付近で不安定に浮いてしまい、周囲のノイズを拾って受信側がでたらめなビット列を読み取ってしまう危険があると指摘している。
これを防ぐのがバイアス抵抗(フェイルセーフ抵抗)だ。2本ある信号線の片方を弱く電源側へ、もう片方を弱くグランド側へ引っ張っておくことで、誰も送信していない間も線間に一定の電位差を作っておく。データリンクの解説によれば、受信ICが安定して「アイドル」だと判断できる電位差の目安はおよそ200mV以上とされ、この電位差を確保できるだけの抵抗値を選ぶ必要がある。
終端抵抗が「反射を消す」ための部品であるのに対し、バイアス抵抗は「誰も話していない間の電位を決める」ための部品であり、両者は役割がまったく別物だ。しかも設置場所の考え方も違う。バイアス抵抗はバス上のどこか1か所(多くはマスタ側)に入れれば十分で、複数の機器にそれぞれ内蔵のバイアス抵抗スイッチがある場合、同時に何か所もONにしてしまうと、並列に効く合成抵抗が下がりすぎて送信側のドライバICに過大な負荷がかかる。多ければ多いほど安全、という発想は、ここでも成り立たない。
接続できる台数の上限——「ユニット負荷」という考え方
RS-485のバスに何台まで機器をぶら下げられるかは、単純な本数の問題ではなく「ユニット負荷」という考え方で決まる。Wikipediaの解説によれば、規格が想定する標準的なトランシーバICでは、1台あたり1ユニット負荷を消費するものとして、少なくとも32ユニット負荷までの接続が保証される。これがいわゆる「RS-485は最大32台」という目安の根拠だ。近年は1台あたり1/8ユニット負荷しか消費しない低負荷型のトランシーバも普及しており、これを使えば同じバスに理論上256台まで接続できる計算になる。
ただしこの数字は、あくまで規格が定める理論上の上限だ。実際の設計では、ケーブル長が長くなるほど許容できる伝送速度は下がり、機器ごとの入力負荷やノイズ環境によっても実用上の限界は変わってくる。何台まで、どの速度でつなげるかは、最終的には接続する各機器のマニュアルに記載された仕様値で確認する必要がある。
現場での実務ポイント——分岐させたくなったときに、まず疑うべきこと
冒頭の温調計のような場面は、決して特殊な失敗ではない。設備のレイアウト上、幹線の途中から新しい機器までの距離のほうが、末端まで配線をやり直すより明らかに短く見える場面は、現場では珍しくない。
だが、正しい対処は「分岐させて、その先に抵抗を足す」ことではない。幹線を物理的に新しい機器の設置場所まで延長し、電気的な末端そのものをそこへ移すこと。そして、それまで末端だった機器の終端抵抗はOFFに戻し、新しい末端の機器でONにすること。この2点に尽きる。どうしても物理的な配線ルート上、1本の幹線として引き回せない事情がある場合は、システムサコム工業のような専業メーカーが扱う、信号を再整形しポート間を電気的に絶縁するRS-485専用のリピーター(ハブ)製品を検討するのが筋になる。ただの分岐配線で星型を実現しようとする限り、反射という壁を回避する方法はない。
制御盤のRS-485配線材料やリピーター機器の選定、既設ラインへの機器追加でお困りの際は、下記からご相談いただきたい。
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