改修工事の設計打ち合わせで、機械室の隅に置かれた業務用より一回り大きい自家発電機を見て、担当者が首をかしげた。「このビル、非常用発電機はスプリンクラーとか排煙設備のためだと思っていたんですが、エレベーターの分まで見込んで容量計算されているんですね」。図面を確認すると、たしかに負荷計算表の一行に「非常用エレベーター」とある。停電したらエレベーターは止まればいいのではないか——そう思っていた担当者にとって、これは意外な項目だった。
だが、この「意外さ」こそが、非常用エレベーターという設備の本質を言い当てている。一般の乗用エレベーターであれば、停電時に止まることは許容される。ところが非常用エレベーターは、停電のまさにその瞬間にこそ動かなければならない設備だ。高さ31mを超える建築物に義務づけられるこの昇降機が、なぜ予備電源を法律で義務づけられているのか。一般の乗用エレベーターと何が根本的に違うのか。そして、その予備電源を賄う自家発電設備の容量は、どう決まっているのか。この記事では、建築基準法とその施行令、関連告示という一次資料に基づいて、この3つの疑問を順に整理する。
非常用エレベーターとは何か——「避難用」ではなく「消火活動用」
まず押さえておきたいのは、非常用エレベーターが誰のための設備かという点だ。名前から「非常時に住人が避難するためのエレベーター」と誤解されやすいが、実際の役割は違う。非常用エレベーターは、消防隊が火災現場に到着したあと、消火活動や人命救助のために上層階へ迅速にアクセスするための設備であり、建築基準法第34条第2項を根拠に、高さ31mを超える建築物への設置が義務づけられている。
平常時は一般の利用者が乗る普通のエレベーターとして稼働しているビルがほとんどだ。しかし火災が発生すると、乗降ロビーの呼び戻しボタンや中央管理室の呼び戻しスイッチによって、かごは避難階へ直行し、以後はいかなる呼び出しにも応じない状態に切り替わる。そこから消防隊員がかご内のスイッチを操作して初めて「消防運転」に移行し、上層階への搬送が始まる。つまり非常用エレベーターは、平常時の乗用エレベーターと、火災時専用の消防隊搬送機という、2つの顔を持つ設備なのだ。
設置義務は「高さ31m」で線引きされる
設置義務の基準は、建築基準法第34条第2項が定める「高さ三十一メートルをこえる建築物」という一文に尽きる。地盤面(建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面)からの高さがこの数値を超えると、原則として非常用エレベーターの設置が必要になる。
ただし、すべての31m超建築物が対象になるわけではない。建築基準法施行令第129条の13の2は、次のような建築物を設置義務の対象外としている。
- 高さ31mを超える部分を階段室・昇降機の機械室・装飾塔・物見塔・屋窓など、人が常時利用しない用途に供する建築物
- 高さ31mを超える部分の各階の床面積の合計が500㎡以下の建築物
- 高さ31mを超える部分の階数が4以下で、その部分を耐火構造・特定防火設備によって100㎡以内ごとに区画した建築物
- 高さ31mを超える部分を機械製作工場・不燃性物品の倉庫など、主要構造部が不燃材料で火災発生のおそれが少ない建築物
いずれも共通しているのは、「人が長時間とどまる可能性が低い」か「火災が広がりにくい構造になっている」かのどちらかだ。31mという高さそのものよりも、その高さの先にどれだけの滞在リスクと延焼リスクがあるかが、実質的な判断軸になっている。
一般の乗用エレベーターと何が違うのか
ここが、この記事の核心に近い。非常用エレベーターと一般の乗用エレベーターは、見た目にはほとんど区別がつかないことも多い。しかし法令上の要求事項を並べると、両者はまったく別の設備であることがわかる。
一般の乗用エレベーターは、建築基準法施行令第129条の4から第129条の10までの規定によって設置・構造が定められている。これに対して非常用エレベーターは、同じ条文群の適用に加えて、第129条の13の3が定める追加要件を満たさなければならない。主なものを挙げる。
- 設置台数:高さ31mを超える部分の床面積が最大の階の床面積が1,500㎡以下なら1基以上、それを超える場合は3,000㎡以内を増すごとに1基を加えた数以上(第2項)
- 乗降ロビー:各階で屋内と連絡し、バルコニーを設け、耐火構造の床・壁で囲み、床面積は1基について10㎡以上とすること(第3項)
- かごの寸法・積載量:日本産業規格(JIS)が指定する数値以上とすること(第6項)
- かご呼び戻し装置:各階の乗降ロビーおよび中央管理室から、かごを避難階へ強制的に呼び戻せる装置を設けること(第7項)
- 電話装置:かご内と中央管理室とを連絡する電話装置を設けること(第8項)
- かごの定格速度:分速60m以上とすること(第11項)
- 予備電源:非常用エレベーターには予備電源を設けなければならない(第10項)
一般の乗用エレベーターにこうした要求はない。停電時に最寄り階へ自動着床する装置を備えた機種はあるが、それはメーカーが独自に用意する仕様であって、法令上の義務ではない。実際、第129条の4から第129条の10までの条文には予備電源という言葉自体が登場しない。予備電源の有無こそが、非常用エレベーターを一般の乗用エレベーターから隔てる、最も実務的な境界線だと言っていい。
なぜ予備電源が必須なのか
理由は、非常用エレベーターの使われ方に立ち返るとはっきりする。この設備が本当に必要とされるのは、まさに建物のどこかで火災が発生し、停電のリスクが最も高まっている瞬間だ。消防隊が到着したときに動かないエレベーターでは、設置義務そのものが意味をなさない。だからこそ施行令第129条の13の3第10項は「非常用エレベーターには、予備電源を設けなければならない」と、他の細かい構造規定とは独立した一項を割いて、この一点だけを念押ししている。
では、その予備電源はどの程度の容量を備えていればよいのか。ここで参照すべきは、平成12年5月31日建設省告示第1428号「非常用エレベーターの機能を確保するために必要な構造方法を定める件」だ。この告示は、大分市・福岡市消防局などが公開する建築基準法の運用解説資料に引用されており、次のように定めている。
「エレベーターの予備電源は、全非常用エレベーターが全負荷上昇運転するときに必要とする電力を60分間以上連続して供給できるものであること」
一読して見落としやすいのが「全非常用エレベーターが」という言葉だ。建物に非常用エレベーターが2基以上ある場合、それらが同時に満載状態で上昇運転する——つまり最も電力を消費する状況を想定して、容量を積み上げなければならない。1基あたりの必要電力を単純に足し合わせるだけでなく、その状態を60分間以上維持できることまでが要件に含まれている。
同じ告示は、かごおよび昇降路の出入口戸を不燃材料で造る、または覆うことも定めている。予備電源の容量だけでなく、火災の熱と煙にさらされ続けても機能を失わない構造まで含めて、初めて非常用エレベーターとしての要件を満たすという設計思想がここに現れている。
自家発電設備の容量は、どう決まるのか
予備電源の実体は、多くの場合、自家発電設備(非常用発電機)だ。ここで告示の要件を実務の設計プロセスに落とし込むと、次のような手順になる。
- 必要電力の把握:エレベーターメーカーが機種ごとに提示する、満載状態での上昇運転に必要な電力(kVA)を確認する。かごの積載量・速度・台数によって数値は変わる
- 同時運転の想定:非常用エレベーターが複数基ある場合は、それらすべてが同時に全負荷上昇運転する状態を前提に容量を合算する
- 他の防災負荷との共用の検討:自家発電設備を排煙設備・非常用照明など他の消防用設備・建築設備と共用する場合、それらの負荷も合わせて発電機の総容量を検討する
- 60分間の連続供給能力の確認:算定した容量を、瞬時的にではなく60分間以上連続して供給できる出力仕様になっているかを確認する
改修・更新の現場で見落とされやすいのが、この最後の2点だ。既設の自家発電設備が古い機種の非常用エレベーターに合わせて容量設計されている場合、エレベーターだけを新しい機種に更新すると、モーター容量の変化によって発電機側の容量が実質的に不足する可能性がある。参考までに、非常用エレベーターの主要寸法にはJIS A4301のE-17-CO区分に基づく一つの目安があり、積載量1150kg・定員17名以上、かごの間口1800mm以上・奥行1500mm以上といった数値が技術基準解説に示されている。エレベーター単体の更新であっても、電気設備側の容量検証を切り離して考えることはできない。
消防法上の「非常電源」との混同に注意
もう一つ、現場で起きやすい取り違えがある。「うちのビルには非常用発電機があるから、消防用設備も非常用エレベーターも予備電源は万全のはずだ」という思い込みだ。
たしかに間違いではない、とは思う。だが正確には、根拠となる法律も、求められる稼働時間も別々のものだ。非常コンセント設備や屋内消火栓などの「消防用設備等」に必要な非常電源は消防法・消防法施行令が根拠で、多くの場合30分以上の供給能力が求められる。一方、非常用エレベーターの予備電源は建築基準法施行令とその告示が根拠で、60分間以上という、より長い連続供給が求められる。同じ自家発電設備が両方の負荷を兼ねること自体は珍しくないが、容量計算においては、どちらの法体系のどの数値を満たすために設計されているのかを、切り分けて確認する必要がある。「非常用発電機があるから大丈夫」という一言で済ませてしまうと、実際にはどちらか一方の要件しか満たしていなかった、という事態にもなりかねない。
現場でよくある誤解
- 「非常用エレベーターは、火災時に住人が避難するために使う」——実際の主目的は消防隊の消火活動・救助活動用であり、火災発生時はまず避難階へ呼び戻され、以後は消防隊員による消防運転に切り替わる。
- 「予備電源さえあれば、非常用エレベーターの要件は満たせる」——予備電源の有無だけでなく、全負荷上昇運転を60分間以上連続供給できる容量になっているか、かごや昇降路出入口戸が不燃材料になっているかまで含めて、初めて要件を満たす。
- 「一般の乗用エレベーターにも、法律上の予備電源義務がある」——一般の乗用エレベーターを規定する条文には予備電源の定めはなく、義務があるのは非常用エレベーターに限られる。
見た目には普通のエレベーターと変わらないからこそ、この設備が背負っている電源設計上の責任の重さは、図面と条文を突き合わせて初めて実感できるものなのかもしれない。
あわせて読みたい
- 非常照明・誘導灯の選び方|消防法と建築基準法で別物の防災照明を混同しないための実務ガイド
- 非常用発電機(自家発電設備)の負荷試験義務化ガイド|2018年消防法改正の内容と点検を怠るリスク
- 非常コンセント設備とは|消防法で高層建築物に義務付けられる消火活動用の電源設備、一般コンセントとの違いと設置基準
- エレベーターケーブル完全ガイド|EVV・EVVFの違い・記号の読み方・選定方法(JIS C 3408準拠)
関連する非常用エレベーター・予備電源・建築基準法の品種・型番をお探しですか?
電材サーチでは、メーカー横断で目的の型番を素早く見つけ、そのまま見積もりを依頼できます。