停電演習のあと、非常用発電機の記録簿を見直していた設備担当者が眉をひそめる。年次点検はきちんと実施している。負荷運転の記録も、たしかに残っている。それなのに、実際に商用電源が落ちた瞬間、発電機は起動したもののスプリンクラーポンプに電力を送る前に止まってしまった——保護継電器が過負荷と判定し、遮断したのだ。あとで原因を洗うと、消耗部品の交換記録がどこにも見当たらない。点検はしていた。ただし「何を」点検していたかが、実際に必要な性能とずれていたのである。
こうした相談は珍しくない。非常用発電機は「動いて当たり前」の設備だと思われがちだが、動かせる状態を維持するための点検体系は、2018年(平成30年)に大きく組み替えられている。しかもこの改正は、しばしば「規制緩和」「負荷試験が6年に1回でよくなった」という一言で片づけられ、その結果、点検そのものを甘く見てしまう現場が出てくる。実際には何が変わり、何が変わっていないのか。順を追って整理する。
非常用発電機とは何か——消防法上の「非常電源」という位置づけ
まず押さえておきたいのは、非常用発電機(自家発電設備)が消防法のどこに位置づけられているかだ。
消防法第17条は、学校・病院・工場・百貨店など政令で定める防火対象物の関係者に対し、屋内消火栓設備やスプリンクラー設備などの「消防用設備等」を、政令で定める技術上の基準に従って設置し、維持する義務を課している。そして消防法施行令は、屋内消火栓設備(第11条)やスプリンクラー設備・不活性ガス消火設備(第16条)など、電力を必要とする消防用設備等ごとに、停電に備えた非常電源の附置を求めている。
非常電源には「非常電源専用受電設備」「自家発電設備」「蓄電池設備」「燃料電池設備」の4種類があるが、消防法施行規則第12条は、延べ面積1,000平方メートル以上の特定防火対象物では非常電源専用受電設備を対象から外し、自家発電設備・蓄電池設備・燃料電池設備のいずれかに限定している。つまり、ある程度の規模の建物になると「電力会社の系統がもう一系統あるから安心」では済まず、外部電源そのものが失われる事態を想定した設備が要求される。非常用発電機はまさにこの役割を担う。
容量の基準もある。屋内消火栓設備の非常電源であれば有効に30分間以上、不活性ガス消火設備であれば1時間以上作動できることが、施行規則第12条・第19条に定められている。数字だけを見ると「そんなに長く動かす必要があるのか」と思うかもしれないが、この容量は、消火活動や避難誘導が完了するまでの時間を電源側から保証するための最低ラインだ。
もう一つ、意外と知られていない事実がある。負荷運転をどの程度の負荷で行うべきかという議論の中で消防庁が示した見解によれば、一般的な自家発電設備は、加圧送水装置(スプリンクラーポンプ等)が始動する瞬間に、定常運転時の約3倍の電力を瞬間的に必要とすることを見込んで設計されている。発電機の定格出力は、日常的に流れる電流の3倍程度の余力をあらかじめ抱えた数字であり、この余力を検証できて初めて「非常時に本当に動く」と言える。
ここまでを踏まえると、非常用発電機の点検が求めているのは「エンジンがかかるかどうか」ではない。停電の瞬間に、消防用設備等が要求する容量と時間を、実際に賄えるかどうかの確認である。
2018年の消防法改正で何が変わったのか
自家発電設備の点検基準は、昭和50年10月16日消防庁告示第14号(消防用設備等の点検の基準及び消防用設備等点検結果報告書に添付する点検票の様式を定める件)別表第24に定められている。この告示が平成30年消防庁告示第12号によって改正され、平成30年(2018年)6月1日に施行された。あわせて消防庁次長通知(消防予第372号)と消防庁予防課長通知(消防予第373号)が同日付で発出され、具体的な点検要領が示されている。
改正前の姿はシンプルだった。総合点検(1年に1回)における運転性能の確認方法は「負荷運転」のみ。原動機の種類を問わず、すべての自家発電設備が対象だった。
改正後は、次の4点が変わった。
- 総合点検における運転性能の確認方法として、負荷運転に加えて「内部観察等」が選べるようになった
- 運転性能の維持に係る「予防的な保全策」が講じられている場合、負荷運転または内部観察等の実施周期を、1年に1回から最長6年に1回まで延長できるようになった
- 原動機にガスタービンを用いる自家発電設備は、負荷運転そのものが不要になった(ディーゼルエンジンと異なり、無負荷運転でも機械的・熱的な負荷に差が見られず、排気系統への未燃燃料の蓄積もほとんど発生しないことが、燃料消費量のデータ等から確認されたため)
- 換気性能の点検が、負荷運転時ではなく無負荷運転時に実施するものへと変更された(室内温度の上昇は負荷の有無よりも外気温に大きく依存することが検証で確認されたため)
負荷運転を毎年実施しようとすると、商用電源を止めて実負荷で試験するか、擬似負荷装置を持ち込む必要がある。しかし屋上や地階に設置された自家発電設備では、擬似負荷装置を配置するスペースそのものが確保できないことがある。そこで、負荷運転で確認していた不具合を、内部観察(過給器のコンプレッサ翼・タービン翼・排気管等の内部観察、燃料噴射弁の動作確認、シリンダ摺動面の内部観察、潤滑油・冷却水の成分分析)によって同水準以上に確認できることが検証データから確認され、選択肢として追加された。
「負荷運転」「内部観察等」「予防的な保全策」——似た3つの言葉の違い
この3つは現場でもよく混同される。整理すると、役割がそれぞれ違う。
負荷運転は、疑似負荷装置または実負荷を用いて、定格回転速度・定格出力の30%以上の負荷で、必要な時間の連続運転を行い、発電機が実際に電力を出せることを確認する試験だ。「30%」という数字は、前述した「加圧送水装置起動時に定常運転の約3倍の電力を要する」という設計思想の裏返しであり、火災発生時に設計上想定される負荷が30%を下回ることが確認できる設備では、その負荷相当で確認すれば足りるとされている。
内部観察等は、負荷運転を行わない代わりに、発電機の内部を直接確認する方法だ。過給器・排気系統の内部観察、燃料噴射弁の動作確認、シリンダ摺動面の観察に加えて、潤滑油・冷却水を実際に抜き取り、成分を分析する。ここで実務上つまずきやすいのが、「潤滑油や冷却水を交換すれば内部観察等をやったことになるのか」という点だ。消防庁が示した見解は明確で、交換だけでは足りない。潤滑油・冷却水の成分を分析し、内部の異常の有無を確認することが目的であるため、定期交換とは別の行為として扱われる。
予防的な保全策は、負荷運転や内部観察等そのものではなく、その実施周期を延ばすための日頃の備えにあたる。具体的には、予熱栓・点火栓・冷却水ヒーター・潤滑油プライミングポンプを1年ごとに確認すること、そして潤滑油・冷却水・燃料フィルター・潤滑油フィルター・ファン駆動用Vベルト・冷却水用ゴムホース・シール材・始動用蓄電池などを、メーカーが指定する推奨交換年数以内に交換することの2点が挙げられている。これが毎年きちんと講じられていて初めて、運転性能の点検を6年に1回まで延ばせる。
誤解されやすい点——これは「規制緩和」ではない
「負荷試験が6年に1回でよくなった」という理解は、半分だけ正しい。
6年に延長できるのは、あくまで総合点検の中の「運転性能」という1項目に限られる。機器点検(半年に1回)と総合点検(1年に1回)そのものの実施義務は、この改正前後で変わっていない。接地抵抗・絶縁抵抗・始動装置・保護装置・切替性能といった総合点検の他の項目は、今も毎年の確認が必要だ。
さらに、6年への延長は自動的に得られる権利ではない。予防的な保全策を毎年講じ続けていることが前提条件であり、途中で保全策の実施が途切れれば、その時点から改めて負荷運転か内部観察等の実施が必要になる。この改正がもたらしたのは、点検義務そのものの軽減ではなく、「毎年の実運転試験」か「毎年の予防保全の積み重ね」かという、点検戦略の選択肢の追加である。何もしなくても6年間放置してよくなったわけではない。
この誤解が生まれる背景には、改正のリーフレットが「1年に1回→6年に1回」という矢印を大きく打ち出している見た目のインパクトもあるだろう。数字だけを見て「負荷試験は今後6年間やらなくていい」と受け取ってしまうと、その裏にある「毎年の保全策」という前提条件が抜け落ちる。管理担当者としては、6年という数字よりも、自社の設備が予防的な保全策の要件を実際に満たし続けているかどうかを、まず確認すべきだろう。
点検を怠るとどうなるか
非常用発電機の点検を怠ることのリスクは、二重の構造を持つ。
一つは、実際の火災・停電時に設備が機能しないという、本来避けたい事態そのものだ。非常用発電機は、屋内消火栓やスプリンクラーといった消火設備、あるいは排煙設備・非常照明といった避難関連設備の非常電源を担っている。点検不備によって発電機が実負荷に耐えられない、あるいは起動シーケンス通りに立ち上がらないという状態のまま停電を迎えれば、消防用設備等がその「消火、避難その他の消防の活動のために必要とされる性能」を発揮できない。
もう一つは、法令上の手続きに関わるリスクだ。消防用設備等の点検結果は、消防法第17条の3の3・施行規則第31条の6に基づき、特定防火対象物では1年に1回、非特定防火対象物では3年に1回、所轄の消防長または消防署長へ報告しなければならない。点検を実施していない、あるいは実施していても報告を怠っている、または虚偽の報告をした場合は、消防法第44条の規定により30万円以下の罰金または拘留の対象となりうる(法人には両罰規定が適用されうる)。さらに、立入検査で不備が指摘されたにもかかわらず是正されない場合、消防法第17条の4に基づく維持命令が発せられることがあり、この命令に違反した場合も罰則の対象となりうる。命令や指導の具体的な運用は所轄消防署の裁量によるところが大きいため、個別の判断は所轄消防署に確認してほしい。
「うちは今まで問題が起きていないから」という感覚的な安心は、点検の代わりにはならない。予防的な保全策で6年に延長する選択をしている設備ほど、途中の年次点検(機器点検・総合点検の他の項目)と、保全策そのものの実施記録が欠けていないかを、意識して確認する必要がある。
点検票・保全策の記録管理
自家発電設備の点検票(点検基準の別記様式第24)には、運転性能の点検周期を延長する場合の取り扱いも定められている。消防庁が発出した執務資料(消防予第528号、消防組織法第37条に基づく助言として発出されたもの)の質疑応答によれば、運転性能に係る点検(負荷運転または内部観察等)を実際に実施した年は、その年について予防的な保全策の実施を示す書類の添付は不要とされる一方、点検を実施しない年については、直近に講じた予防的な保全策を示す書類を添付する運用が案内されている。点検報告が3年ごとの防火対象物であれば、報告時に添付するのは直近の保全策の書類のみでよいとされるが、報告年と運転性能点検の実施年がずれる場合の記載方法も含め、細かな取り扱いが定められている。
こうした細目まで踏まえると、非常用発電機の点検管理は点検業者に任せておけば済む話ではなく、自社側でも点検票・保全策のエビデンス(保全作業の実施記録、部品交換の伝票等)を年ごとに整理し、次回の総合点検・報告のタイミングで参照できる状態にしておく体制が要る。担当者の異動で記録が引き継がれず、「保全策を講じていたはずなのに書類が出せない」という事態は、電気設備の法定点検でも起きがちな失敗であり、自家発電設備でも同じ構造のリスクが存在する。
まとめ
2018年の消防法改正は、非常用発電機の点検義務を軽くしたわけではない。負荷運転に代わる内部観察等という選択肢が増え、毎年の予防的な保全策を条件に運転性能点検の周期を最長6年まで延ばせるようになった、という点検戦略の選択肢の拡張である。機器点検・総合点検そのものの実施義務、そして点検結果の報告義務は変わっていない。どの点検方式を選ぶにせよ、実際に非常時へ耐えられる状態を維持できているかどうかは、個々の設備の保全記録が語る。判断に迷う場合は、所轄の消防署または点検を委託している専門業者に、自社の設備がどの区分に該当するかを確認するのが確実だ。
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よくある質問
非常用発電機の負荷試験は、2018年の改正で不要になったのですか?
いいえ。総合点検(1年に1回)の中の「運転性能」の確認方法として、負荷運転に加えて内部観察等が選べるようになり、かつ運転性能の維持に係る予防的な保全策を毎年講じている場合に限り、実施周期を最長6年に1回まで延長できるようになった、というのが改正の内容だ。機器点検(半年に1回)・総合点検(1年に1回)そのものの実施義務や、他の点検項目は変わっていない。何もしなければ自動的に6年に延びるわけではなく、毎年の予防的な保全策の実施が延長の条件になる。
「内部観察等」とは具体的に何をするのですか?
過給器のコンプレッサ翼・タービン翼・排気管等の内部観察、燃料噴射弁等の動作確認、シリンダ摺動面の内部観察、そして潤滑油・冷却水を実際に抜き取って行う成分分析の5項目を指す。潤滑油や冷却水を定期的に交換しているだけでは、この点検を実施したことにはならない。成分を分析して内部の異常有無を確認して初めて、内部観察等を行ったとみなされる。
「予防的な保全策」を講じていない場合、点検周期はどうなりますか?
予防的な保全策が講じられていない場合、運転性能の点検(負荷運転または内部観察等)は原則どおり1年に1回実施する必要がある。6年に1回への延長はあくまで、予熱栓・点火栓・冷却水ヒーター・潤滑油プライミングポンプの年1回確認と、潤滑油・冷却水・各種フィルター・Vベルト・ゴムホース・シール材・始動用蓄電池等をメーカー指定の推奨交換年数内に交換することの両方を毎年継続している場合に限られる。
ガスタービン式の自家発電設備は、負荷試験をしなくてよいのですか?
原動機にガスタービンを用いる自家発電設備は、2018年の改正で負荷運転そのものが不要とされた。ディーゼルエンジンと異なり、無負荷運転でも機械的・熱的な負荷に差が見られず、排気系統に未燃燃料が蓄積しにくいことが、燃料消費量のデータ等から確認されたためだ。ただし総合点検の他の項目や機器点検は、ガスタービン式であっても引き続き実施する必要がある。
負荷試験や内部観察を怠った場合、どんな指導を受ける可能性がありますか?
消防用設備等の点検結果は、特定防火対象物では1年に1回、非特定防火対象物では3年に1回、所轄消防署への報告が消防法上義務付けられている。未報告・虚偽報告は消防法第44条により30万円以下の罰金または拘留の対象になりうる。立入検査で不備が指摘されて是正されない場合は、消防法第17条の4に基づく維持命令が発せられることがあり、命令に違反した場合も罰則の対象となりうる。個別の指導内容は所轄消防署の判断によるため、不明な点があれば直接確認するのが確実だ。
UPS(無停電電源装置)を導入していれば、非常用発電機の負荷試験は不要ですか?
別物であり、代替関係にはない。UPSはバッテリーで数分から数十分程度の瞬時のバックアップを担う設備であるのに対し、消防法上の非常用発電機(自家発電設備)は、消火・避難活動が完了するまでの、より長時間・大容量の電源供給を義務付けられた消防用設備等の非常電源だ。UPSを導入していても、消防法施行令・施行規則が求める非常電源の設置義務や、自家発電設備の点検義務がなくなるわけではない。
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