改修工事の試運転当日、新設した75kWの送風機を起動ボタン一つで動かした。その瞬間、盤のそばではなく、廊下を挟んだ反対側の事務所で、蛍光灯がわずかに沈んで、また戻った。担当者はその場では気にも留めなかった。だが数日後、同じ受電系統につながる隣のテナントから「モーターを起動するたびに照明がちらつく」という苦情が、電力会社を経由して届いた。
モーターは電源につなげば回る。担当者にとって、それ以上でも以下でもない設備のはずだった。ところが75kWという、この工場ではさして大きくもない設備一台の始動が、電力会社まで巻き込む話になっている。何が起きているのか。
なぜ大容量モーターは「直入れ」で起動できないのか
モーターが止まっている瞬間、回転子はまだ動いていない。動いていないということは、モーターの回転によって生まれるはずの逆起電力——電流の流れ込みを押し返す電圧——がまだ存在しないということだ。このとき電動機を流れる電流は、巻線の抵抗と漏れリアクタンスだけで決まる、ほとんど短絡に近い値になる。富士電機機器制御の技術資料は、電源に直接定格電圧を加える「直入れ始動方式」について、始動電流が「定格電流の6〜8倍」流れると説明している。
定格30Aのモーターなら、始動の瞬間だけ180〜240A近い電流が流れるということだ。この電流は数百ミリ秒から数秒で収まる。見た目には一瞬の出来事にすぎない。
ただし、この一瞬が引き起こす電圧降下は、モーターの手前で完結しない。系統のインピーダンスと、そこに流れる電流の積——電圧降下の基本原理そのもの——が、受電点の電圧を一時的に押し下げる。同じ変圧器や配電系統につながる周辺の設備・照明にとって、モーターの始動は「自分とは無関係などこかの機器の話」ではなく、自分の電源電圧が一瞬揺れる出来事になる。冒頭の蛍光灯のちらつきは、この電圧降下がそのまま光として現れた結果だった。
設備が大きくなるほど、始動という一瞬の出来事が、その工場だけでなく、電源を共有する周辺一帯を巻き込むイベントになる。これが、大容量モーターの始動を「電源を入れればいいだけ」では済ませられない理由であり、始動方式の選定という設計行為が必要になる出発点でもある。
スターデルタ始動——巻線のつなぎ方を変えて、電流を薄める
だとすれば、対策の発想はどこに向かうか。始動の瞬間だけ、電流そのものを小さくできればいい。
最も古くから使われてきた答えが、スターデルタ(Y-Δ)始動だ。三菱電機FAのFAQは、この方式を「モータ始動時の電気的・機械的ショックを和らげるため、モータの巻線をスター接続して始動時の電流をじか入れ時の1/3とし、加速後デルタ接続して運転する始動方法」と説明している。
三相モーターの巻線は、星形(スター、Y)にもつなげるし、三角形(デルタ、Δ)にもつなげる。同じ電源電圧を加えても、スター結線では1相あたりにかかる電圧がデルタ結線の1/√3、約58%まで下がる。電圧が下がれば電流も下がり、電流が下がればトルクはその二乗で下がる。始動の瞬間だけスター結線にしておき、モーターが十分に加速してからデルタ結線に切り替える——これがスターデルタ始動の全体像だ。三菱電機のFAQは、スター結線時の始動電流がデルタ結線時(直入れ相当)の1/3になると具体的に示しており、富士電機機器制御の技術資料もこの1/3という数値を始動電流・始動トルクの両方について確認している。
始動電流・始動トルクをともに1/3に抑えられるこの方式は、減電圧始動の中では最も安価とされ、富士電機機器制御の資料では5.5〜7.5kW以上のモーターへの適用が目安として示されている。ただし、タダで手に入る効果ではない。
スターからデルタへ切り替える瞬間、モーターの巻線はいったん回路から切り離される。回路が開放されている間にモーターの残留電圧と電源電圧との間にずれが生じ、再びデルタ結線につながった瞬間、大きな突入電流が発生する。富士電機機器制御の資料は、この開放形(オープントランジション方式)の切替時に「最大、定常始動電流の約2倍」の突入電流が流れるとしている。切替の一瞬だけとはいえ、せっかく1/3に抑えた電流が、瞬間的には直入れに迫る水準まで跳ね上がりかねないということだ。この弱点を抵抗経由の回路でつなぎ、開放させずに切り替えるクローズドトランジション方式もあるが、当然その分だけ回路と部品が増え、コストも上がる。
ソフトスタータ——切り替えず、電圧そのものを連続的に持ち上げる
スターデルタ始動の弱点は、結局のところ「結線を切り替える」という不連続な操作そのものにある。切り替えなければ、切替時の突入電流という問題も原理的に発生しない。この発想から生まれたのが、ソフトスタータだ。
ソフトスタータは、サイリスタ(半導体素子)を使って、交流電圧の波形そのものを削り込むことでモーターへの印加電圧を制御する。富士電機機器制御の技術資料の表現を借りれば、交流のゼロクロス点からの休止時間(位相角)を大きい状態から徐々にゼロへ変化させ、モーターの端子電圧を小さい電圧から全電圧まで連続的に、切れ目なく引き上げる。結線を切り替えるのではなく、電圧のつまみを少しずつ開けていくイメージに近い。
始動が完了すると、サイリスタ回路はバイパス用の電磁接触器で短絡され、半導体から発生する発熱がカットされる。これによって制御盤の熱設計が楽になり、省エネにもつながる。逆の操作、つまり電圧をゆっくり下げてモーターを止める「ソフトストップ」も同じ仕組みで実現でき、ポンプ停止時に配管内で起きるウォーターハンマー(水撃)現象の抑制にも効果があるとされる。スターデルタ始動にはない、この停止側の制御ができる点も、ソフトスタータが単なる安価な代替品ではない理由の一つだ。
ただし、ソフトスタータも電流を絞れば絞るほど得になるわけではない。始動トルクは、始動電流の二乗にほぼ比例して変化する。富士電機機器制御の資料が示す計算例では、直入れ時の始動電流を定格の6倍・始動トルクを定格の3倍とした場合、電流制限を定格の3倍まで絞ったソフトスタート運転の始動トルクは、3倍×(3/6)の二乗、すなわち定格トルクの0.75倍まで落ち込む。電流を半分に抑えただけで、トルクは4分の1近くまで削がれる計算だ。電流制限を絞りすぎれば、モーターは負荷トルクに負けて定格速度まで到達できなくなる。
インバータ始動との違い——「始動だけ」か、「運転そのもの」か
ここまでの整理だけを見ると、素朴な疑問がわく。それなら、インバータで動かせばいいのではないか。始動も止まった状態から徐々に電圧を上げていくのだから、原理的にはソフトスタータと似ているように見える。
似ているのは確かだが、決定的に違う点が一つある。ソフトスタータが変えているのは電圧だけだ。交流の周波数は商用電源のまま、50Hzなり60Hzなりで固定されている。だからこそ始動が終わればサイリスタ回路をバイパスし、モーターは定格電圧・定格周波数のただの直入れ運転に戻る。速度制御はできない。
インバータは、電圧に加えて周波数そのものを作り変える装置だ。交流をいったん直流に変換し、そこから改めて任意の周波数・電圧の交流を作り出す。モーターの回転速度は周波数にほぼ比例するため、周波数を自在に操れるインバータは、始動時だけでなく運転中ずっと、モーターの回転速度を連続的に変えられる。ソフトスタータが「始動という一瞬の出来事」のための装置であるのに対し、インバータは「運転そのもの」を作り変える装置だということになる。
始動時の負担という点だけを比べても、両者の差は小さくない。富士電機機器制御の資料は、商用電源への直入れでは定格トルクの200〜300%程度・定格電流の600〜800%程度になるのに対し、インバータ駆動では周波数と電圧を0から徐々に上げるため、始動トルクは定格の100〜200%程度、始動電流も100〜200%程度まで小さくできるとしている。同じ資料が示すソフトスタータとインバータの比較表でも、始動時の電流抑制効果はインバータの方が優れると位置づけられており、ソフトスタータの始動電流は一般に「モータ定格電流の300〜400%程度以上」とされ、インバータほどには絞り込めない。
とはいえ、この差は「インバータの方が常に優れている」という話には直結しない。連続的な速度制御が不要な設備——一定速度で回せばいいポンプやファンにとって、インバータの機能の大半は使われないまま盤の中で眠ることになる。富士電機機器制御の比較表でも、価格・設置スペースの両面でソフトスタータの方に分がある。速度制御そのものが目的なのか、始動時の衝撃だけを和らげたいのか。この一点の見極めが、インバータとソフトスタータのどちらを選ぶかを分ける。
各方式のコスト・始動トルク特性を並べてみる
| 始動方式 | 始動電流(定格比) | 始動トルク(定格比) | 運転中の速度制御 | 相対コスト |
|---|---|---|---|---|
| 直入れ始動 | 約600〜800% | 約200〜300% | 不可 | 最も安価 |
| スターデルタ始動 | 直入れ時の1/3 | 直入れ時の1/3 | 不可 | 安価(減電圧方式で最安) |
| ソフトスタータ | 約300〜400%以上 | 電流制限値に応じて調整(絞るほどトルクは二乗で低下) | 不可(始動・停止時のみ電圧制御) | 中程度 |
| インバータ | 約100〜200% | 約100〜200% | 可(運転中も連続可変速) | 高価(設置スペース・ノイズ対策込み) |
表だけを見れば、直入れが最安に見える。だが直入れが選べるのは、そもそも系統や設備がその始動電流に耐えられる場合に限られる。始動電流を抑える装置を追加するコストは、電圧降下という問題を先送りしないための必要経費であって、無駄な出費ではない。
適用判断の目安——電力会社との関係、始動頻度、負荷の特性
始動方式を選ぶとき、最初に確認すべきは電源側の事情だ。電動機負荷向けの変圧器選定を扱うダイヘンの技術資料は、始動時の電圧降下について「10%以下が望ましい」という目安を示している。ただし、この数値は絶対的な法規制ではない。電力会社が一律に定めた基準があるわけではなく、各社の内規に基づいて、その都度対策の要否が判断されているのが実情だ。冒頭のような苦情が実際に届くかどうかは、その工場の受電容量、モーターの容量、そして周辺にどれだけ電圧変動に敏感な設備があるかで変わる。大容量モーターを新設・増設する計画があるなら、始動方式を決める前に、まず電力会社や設備の設計者に、その始動電流で電圧降下がどの程度になるかを確認しておく方が確実だ。
次に確認すべきは、始動の頻度だ。スターデルタ始動は、タイマーで一定時間後にスター用接触器を開き、デルタ用接触器を閉じるという、電磁接触器の開閉動作に始動のたびに依存する。1日に何度も始動・停止を繰り返す設備では、この開閉回数がそのまま接触器の消耗に直結する。ソフトスタータやインバータは半導体による無接点制御が中心のため、頻繁な始動・停止にも強い。ただしソフトスタータにも標準的な始動可能回数の上限はあり、始動時間を長く設定するほど、単位時間あたりに始動できる回数は減っていく。
最後に、負荷そのものの特性だ。ポンプやファンのような負荷は、回転速度が上がるほど必要なトルクが二乗に近い形で増えていく特性を持ち、止まっている状態から動かすのに必要なトルクはさほど大きくない。スターデルタ始動やソフトスタータで始動トルクを1/3前後まで落としても、たいてい問題は起きない。一方、静止した重い搬送物を動かし始めるコンベアや、詰まった状態から再始動することのある破砕機のような負荷は、止まっている瞬間にこそ大きなトルクを要求する。この種の負荷にスターデルタ始動をそのまま当てはめると、デルタへの切替が終わる前に加速が止まってしまい、始動自体が完了しないことがある。ソフトスタータであれば電流制限値を上げて対応できる場合もあるが、それでも電流とトルクの二乗の関係からは逃れられない。負荷が要求するトルクを、始動方式が生み出せるトルクが常に上回っているか——これが、どの方式を選んでも最後に確認すべき一点になる。
モーター始動方式の選定・見積りについて
モーターの始動方式は、モーターの容量、電源設備の事情、負荷の特性という3つの情報がそろって初めて具体的な検討に入れる。電設資材専門商社・松本電業株式会社(東京都台東区台東2-4-11)では、電磁接触器・スターデルタ始動盤・ソフトスタータ・インバータの選定について、既設設備の更新から新設計画まで相談に対応している。
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