制御盤の電源入り口にノイズフィルタを咬ませれば、あとはノイズが収まるのを待つだけ——現場ではそう考えられている。実際に型式を選び、配線をつなぎ、電源を投入する。ところがPLCの通信は相変わらず不安定で、フィルタを入れる前より状態が悪化していることさえある。初期不良を疑って別のメーカー品に交換しても、結果は変わらない。
こうした相談は、電材を扱う商社の窓口に定期的に舞い込む。原因の多くは、フィルタの故障でも配線の誤りでもない。ノイズには性質のまったく異なる二つの経路があり、手元のフィルタはその片方にしか効かない構造になっている——という事実を、選定の段階で見落としているケースがほとんどだ。
ノイズには「二つの道」がある
電源ラインを流れる高周波ノイズと一口に言っても、電線の中をどう流れているかによって性質はまったく違う。
一つはノーマルモードノイズ(ディファレンシャルモードノイズとも呼ばれる)だ。往復する2本の電線に、互いに逆向きで同じ大きさの電流が流れる。回路が本来動作するために使っている電流と、実は区別がつきにくい。往復の電流が作る電磁界は観測点でほぼ打ち消し合うため、空間への放射は比較的小さい(村田製作所)。
もう一つがコモンモードノイズだ。こちらは2本の電線に、大地や機器の筐体を基準として同じ向きに電流が流れる。線間の電圧差はほぼゼロになるため、電線間の電圧を測る通常の測定器では見えにくい。ところが各電流が作る電磁界は互いに強め合うため、同じ電流量でもノーマルモードの1000倍程度の電波放射になるとされる(村田製作所)。しかも本来の回路動作には不要な成分であることがほとんどなので、原理上は遠慮なく除去してよいノイズでもある。
厄介なのは、この二つが同じ電線の上に同時に乗っているという点だ。オシロスコープを漫然と当てているだけでは、いま自分が追いかけているのがどちらのモードなのか、案外わからない。
「片方にしか効かない」フィルタを選ぶとどうなるか
ノイズフィルタの内部には、ノーマルモード用の減衰要素とコモンモード用の減衰要素が別々に組み込まれている。専用に設計された部品でない限り、両方に均等に効くわけではない。
たとえば、コモンモード成分を狙って設計されたフィルタを、実際に配線を暴れさせているのがノーマルモード起因のノイズだった現場に投入したとする。フィルタ自体は仕様どおりに動作しているのに、体感できるほどの改善は起きない。「効かない」というクレームの正体は、ここにある。不良品を掴まされたのではなく、そもそも狙っている的が違っていた、というだけの話だ。
だからこそ、フィルタを選ぶ前に、いま抑えたいノイズがどちらのモードで支配的なのかを見極める必要がある。そのためには、まずフィルタの中で何が起きているのかを分けて見ていくのが早い。
コモンモードフィルタの構造——コモンモードチョークコイル
コモンモードノイズを狙い撃ちする主役が、コモンモードチョークコイルだ。1個の磁性体コアに、往路と復路の2本の電線を同じ巻き数・同じ極性で巻きつけた部品で、日本ケミコンの技術資料は「1次側と2次側の巻線比が同一で、また巻線の極性を合わせたもの」と説明している。
肝心なのは、電流の向きによってコア内部の磁界がまったく違う振る舞いをする点だ。ノーマルモード電流が流れると、2本の巻線が作る磁界は逆向きになり打ち消し合う。日本ケミコンの資料いわく、この打ち消しのおかげで「ノーマルモードの大電流がコイルへ流れた場合でも、コアは磁気飽和しない」。つまりこの状態では、コモンモードチョークコイルはほとんどコイルとして機能していない。
ところがコモンモード電流が流れると様相が一変する。2本の巻線が作る磁界が同じ向きになり、今度は強め合う。ここで初めて、コイルとしての高いインピーダンスが立ち上がる。これに、電線と大地(または筐体)の間へ挿入されたコンデンサ——通称Yコンデンサ——が組み合わさることで、コモンモードチョークコイルの自己インダクタンスとYコンデンサによるローパスフィルタが完成する。カットオフ周波数はFc = 1/(2π√(L×2Cy))という式で決まり、これより高い周波数のコモンモードノイズが減衰していく(日本ケミコン)。
ノーマルモードフィルタの構造——漏れインダクタンスとXコンデンサ
では、同じコモンモードチョークコイルはノーマルモードノイズにまったくの無力なのかというと、そこまで単純でもない。
実際の巻線は、理想的な磁気結合からわずかにずれる。この「ずれ」の分だけ打ち消しきれずに漏れ出す磁束が生じ、これが漏れインダクタンスとして働く。日本ケミコンの解説では、ノーマルモード時の等価回路は「漏れインダクタンスとXコンデンサによるローパスフィルタ」を形成するとされている。電線間(ライン間)に直接挿入されたコンデンサがXコンデンサで、漏れインダクタンスとXコンデンサの組み合わせがFc = 1/(2π√(2L_leak×Cx))というカットオフ周波数を持つ、もう一つのローパスフィルタになる(日本ケミコン)。
つまり同じ1個のコモンモードチョークコイルが、電流の向き次第で「コモンモード用の高インピーダンス素子」にも「ノーマルモード用のわずかな漏れインダクタンス」にもなる、二重の顔を持っている。ただし後者は「わずか」という言葉どおり、意図的に大きな漏れを作らない限り、ノーマルモードに対する減衰効果はコモンモード側ほど大きくならない。ノーマルモードノイズをしっかり抑えたい場合は、Xコンデンサの容量を確保すること、必要であれば別途ノーマルモード用のインダクタを追加することが選定の分かれ目になる。
複合フィルタという答え——1つの箱にコイルとコンデンサを詰め込む
市販されている電源ライン用ノイズフィルタ(金属ケースに入った箱形の部品)の多くは、ここまで見てきたコモンモードチョークコイル・Xコンデンサ・Yコンデンサを1つの筐体にまとめたLCフィルタとして作られている。TDK・コーセル・村田製作所といった各社がラインアップする電源ライン用フィルタも、基本構成はこの延長線上にある。
メーカーによっては、コア材質の違い(フェライト系・アモルファス系)やインダクタの段数によって、コモンモード側の減衰に振った製品と、ノーマルモード側の減衰に振った製品を作り分けている。「とりあえず箱を1つ買えば両方効く」という理解はおおむね間違いではないが、カタログの減衰特性グラフがコモンモードとノーマルモードで別々に記載されているのは、この2つが独立した回路として設計されているからにほかならない。選定時にどちらの数値を見るべきかを取り違えると、ここでも「効かない」という結果に行き着く。
設置・配線で台無しになる効果
フィルタ自体の選定が正しくても、取り付け方一つで性能はあっさり失われる。
コーセル株式会社のよくあるご質問では、ノイズフィルタの選定にあたって定格電圧・定格電流・漏洩電流・減衰特性・安全規格を確認することを求めている。だが減衰特性の数値は、あくまで規定された条件下で測定された値だ。実機の入出力インピーダンスはその条件と一致しないことが多く、カタログどおりの減衰量が現場でそのまま再現されるとは限らない。数値を鵜呑みにせず、あくまで目安として扱う姿勢が要る。
さらに影響が大きいのが、配線の取り回しだ。フィルタの入力側(ノイズの乗っていないきれいな配線)と出力側(ノイズを含んだ配線)を束ねたり、近接して引き回したりすると、2本の配線の間に浮遊容量という「見えないコンデンサ」ができる。ノイズ電流はこの浮遊容量を近道として使い、フィルタ本体を素通りして出力側へ回り込んでしまう。日本電機工業会(JEMA)の資料も、フィルタは電源の入り口に置き、入出力線を分離することを対策の要点として挙げている。フィルタという「箱」を通過させたつもりが、箱の外側で配線同士が結合し、素通りの近道を自分で作ってしまっている——という状態だ。
接地の取り方も同様に効く。フィルタのケースは、感電防止のためだけでなく、コモンモードノイズの逃げ道を確保するためにも接地する。取り付け面が塗装されたままだと接触抵抗が高く残り、せっかくのYコンデンサの逃げ道が細くなる。塗装を剥がして金属面同士を直接ネジ止めし、接地線はできるだけ短く取り回すというのが、複数のメーカー資料に共通する基本になっている。
よくある誤解
- フィルタさえ付ければ、乗っているノイズの種類を問わず消えると思い込む——実際には設計されたモードにしか効かない。まず問題のノイズがどちらのモードで支配的かを確認するのが近道になる。
- カタログの減衰量を、そのまま現場での性能として期待する——測定条件と実機のインピーダンスが違えば、数値どおりの効果は出ない。
- 入出力配線を束ねてしまう——配線の見た目や施工のしやすさを優先した結果、浮遊容量による近道を自分で作ってしまう。
- フェライトコアの巻き数は多いほど良いと考える——北川工業の製品情報によれば、巻き数を増やすほど低周波帯域での減衰効果は高まるが、対象周波数やケーブル仕様に応じた最適な回数があり、闇雲に巻けばよいというものではない。
いずれも、フィルタという部品そのものへの疑いから始まって、実際には選定と配線という「フィルタの外側」に答えがあった、という点で共通している。
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