ある受験者が、練習で40分の課題に挑んだ。ランプレセプタクルの輪作りも、スイッチへの差し込みも、リングスリーブの圧着も、何十回と反復して身体に入っている。実際、器具まわりの作業は狙いどおりの速さで進んだ。
ところが、ケーブルをジョイントボックスに引き込んだところで手が止まった。目の前に電線の端が10本近く突き出ている。どれとどれをつなぐのか。5分近く固まったまま、時計だけが進んでいった。
指先の練習は十分だったのに、なぜここで止まったのか。見当がつかなくて当然だ。そして不思議なことに、この停止は複線図を描く「順番」を変えるだけで起きなくなる。読み終えるころには、その理由が分かるようになっている。
複線図は「思い出す図」ではなく「決めていく図」
技能試験の問題用紙に載っているのは単線図(配線図)だ。1本の線で描かれているが、実際に組む回路はそうではない。電源から出た電線が何本に分かれ、どの端子に入るのかを描き起こしたものが複線図で、これを紙の上で完成させてからでないと、ケーブルを切ることすらできない。
ここで重要なのは、複線図が「覚えた正解を思い出して写す図」ではないということだ。候補問題は令和8年度もNo.1〜No.13が事前に公表されているが、試験センターは「配線図,施工条件等の詳細については,試験問題に明記します」と明記している。電線の色指定も、接続方法も、当日の問題用紙で初めて確定する。だから複線図は毎回、その場で決めていく図になる。
決めていく図である以上、大事なのは「何を先に決めるか」だ。順序が決まっていれば迷いは生まれない。逆に順序がなければ、線を1本引くたびに全体を考え直すことになる。
5つの手順
複線図は、次の順で描く。
手順1 電源を描く
用紙の左端(配線図で電源が描かれている側)に、電源を2つの端子として描く。単線図では1本だった線を、この時点で接地側と非接地側の2本に分ける。ここが複線図の出発点だ。
手順2 負荷を配置する
照明器具(ランプレセプタクル、引掛シーリング、蛍光灯など)とコンセントを、配線図と同じ位置に置く。位置を勝手に入れ替えてはいけない。欠陥の判断基準には「2-1.配線,器具の配置が配線図と相違したもの」がそのまま並んでいる。
手順3 スイッチを配置し、担当を書き込む
点滅器を配置し、それぞれの脇に「イ」「ロ」「ハ」といった記号を書き込む。同時に、対応する負荷にも同じ記号を書く。この時点でスイッチと負荷のペアを目に見える形にしておくことが、あとの戻り線の間違いを防ぐ。
ここまでが「配置」で、まだ1本も線を引いていない。線を引きながら器具を置こうとすると、位置を直すたびに線を描き直すはめになる。
手順4 接地側(白)を引ききる
電源の接地側から、すべての負荷とコンセントの接地側極端子へ、線を直行させる。スイッチには一切つながない。
試験センターが施工条件の例として示している色別の指定は、たとえば次のようなものだ。
- 「電源からの接地側電線は,すべて白色を使用する。」
- 「電源から点滅器までの非接地側電線は,すべて黒色を使用する。」
- 「次の器具端子には,白色の電線を結線する。」——ランプレセプタクルの受金ねじ部の端子/コンセントの接地側極端子(N,W又は接地側と表示)/引掛シーリングの接地側極端子(N,W又は接地側と表示)/配線用遮断器の接地側極端子(Nと表示)
- 「接地線には,緑色を使用する。」
白い線の行き先は、この一覧がそのまま答えになっている。だから手順4は考える作業ではなく、機械的に引ききる作業だ。
手順5 非接地側(黒)と戻り線を引く
電源の非接地側から、すべてのスイッチへ引く。コンセントには、スイッチを経由せず直接つなぐ(コンセントは常に電気が来ていなければならないため)。そのうえで、各スイッチから手順3で対応づけた負荷へ「戻り線」を引く。
順序が守るのは、時間ではなく「判断の回数」
複線図の手順を「速く描くためのコツ」だと思っていると、本質を外す。この順序が減らしているのは、描く時間ではなく判断の回数だ。
順序を崩して1本ずつ処理すると、線を握るたびに「これは白か、黒か、戻り線か」を判断することになる。10本あれば10回だ。順序どおりに引けば、白の判断は1回、黒の判断は1回、戻り線の判断はスイッチの数だけ。判断が減れば、迷いも、迷っている時間も減る。
そして判断の回数は、そのまま誤りの確率に効いてくる。試験センターが「技能試験でよくある欠陥事例」の中で、「3.誤接続,誤結線のもの」への対策として真っ先に「複線図を正しく描く練習」を挙げているのは、このためだ。誤結線は指先の失敗ではなく、判断の失敗として起きる。
なお、試験会場ではテスタなどの計測器の使用が禁止されている。完成した回路が正しいかどうかを、電気的に確かめる手段は最後までない。頼れるのは、作業前に紙の上で確定させた複線図だけだ。
壁の中を、図面から想像できるようになる
現場で渡される図面も、試験問題と同じ単線図だ。1本の線で描かれたその図から、天井裏に何本の電線を通し、ジョイントボックスに何本引き込むかを決めるのは、施工する人間の頭の中でしかない。5つの手順は、その翻訳作業の順序そのものだ。白を引ききってから黒を引くという並びは、試験のための工夫ではなく、電線の役割ごとに仕事をまとめる考え方をなぞっている。
今晩、自分の部屋を1つ選んで、照明とスイッチとコンセントの位置を紙に単線図で描いてみるといい。そこから手順どおりに複線図を起こすと、天井裏でどの線とどの線が束ねられているのかが見えてくる。スイッチを押すたびに、その天井裏の姿が浮かぶようになる。
誤接続が指先ではなく判断の失敗として起きる、という構造は現場でも変わらない。住宅の回路は、エアコンの専用回路やEV充電用のコンセントなど、増える側に動いている。器具が新しくなっても、単線図を配線に翻訳する工程だけは人の側に残る。ここで身につく順序は、そのまま次の現場に持っていける。
冒頭の受験者がなぜジョイントボックスの前で5分間止まってしまったのか、答え合わせは理解度チェックの最後の問題でしてみよう。