午後1時30分、被災者は圧縮機の陰から立ち上がり、身体を奥へ入れた。次の瞬間、C相で地絡が起きる。断路器から放たれたアークが、今度はB相とC相のあいだで相間放電に発展した。特別高圧33,000ボルトの受変電設備で碍子の清掃をしていた3名のうち、1名が死亡し、2名が休業を負った。厚生労働省の労働災害事例データベースに記録されているこの事故で、被災者たちは充電部に直接触れてはいない。触れていないのに、これほどの被害が出ている。
感電なら、まだ理解できる。電流が体を通り抜けたのだと考えれば、被害の筋道は追える。だがこの事故で作業者を襲ったのは、電流そのものではない。地絡がきっかけとなって発生したアーク放電が、熱と光と衝撃波という形でエネルギーを放出し、その場にいた人間を巻き込んだ。感電とは別の壊れ方をする災害が、電気設備には存在する。
アークフラッシュとは何か——感電とは別の被害の経路
アークフラッシュとは、配線用遮断器や断路器、電磁接触器といった充電部で短絡が発生した際に生じるアーク放電そのものが引き起こす災害を指す。短絡電流によって導体が瞬間的に高温化し、溶融・蒸発した金属が周囲に飛散する。同時に発生する衝撃波と強烈な光、そして大量の熱が、その場にいる作業者を襲う。
感電対策として使われる絶縁用保護具——絶縁ゴム手袋や絶縁シートなど——は、電流が体内に侵入する経路を断つことを目的にした道具である。冒頭の事故でも、絶縁用保護具そのものが機能しなかったわけではない。そもそもこの災害の主因は、作業者の体を電流が通り抜けたことではなく、アーク放電が放出した熱エネルギーだった。防ぐべき対象が違えば、必要な防護も違ってくる。ここに、アークフラッシュを感電と切り分けて考える必要がある理由がある。
IEEE 1584——熱エネルギーを数値として扱う発想
では、この「浴びる熱エネルギーの大きさ」は、何によって決まるのか。ここで参照される規格がIEEE 1584である。IEEE(米国電気電子学会)が発行する『Guide for Performing Arc-Flash Hazard Calculations』は、三相交流208V〜15kVの設備を対象に、アークフラッシュのハザード距離と、作業者が浴びる熱エネルギー量(インシデントエネルギー)を算出するための数理モデルを提供する規格である。IEEE公式サイトによれば、2018年版はおよそ2000件の追加試験を経て開発され、OSHA(米国労働安全衛生局)やNFPA 70Eからもアークフラッシュのリスク評価手法として参照されているという。
この規格が扱う要因を見ていくと、直感通りに進まない部分に行き当たる。まず素直に予想がつくのは、アーク電流が大きいほど、また電極間のギャップ(間隔)が広いほど、放出されるエネルギーが大きくなるという関係だ。ここまでは驚きがない。
意外なのは、遮断時間という要因の効き方である。IEEE 1584の考え方を紹介する技術解説(elek.com)は、保護機器が電流の大きさに応じて動作速度を変える——電流が大きいほど速く遮断する——という性質に注目する。この性質を裏返すと、電流が小さい条件では遮断までに時間がかかることになる。アークが持続する時間が延びれば、たとえ電流そのものは小さくても、浴びるエネルギーの総量はかえって増えうる。「電流が小さいから安全」という素朴な期待が、遮断時間という別の変数によって崩れる場合がある、ということだ。作業距離——作業者と充電部との距離——も当然この計算に加わる要因の一つとされている。
こうした要因の組み合わせ方まで踏み込むと、IEEE 1584が有償規格として詳細に定める計算式の領域に入ってしまう。ここで押さえておきたいのは数式そのものではなく、アーク電流・ギャップ・遮断時間・作業距離という複数の要因が絡み合って初めて、浴びるエネルギー量が決まるという構造のほうである。
NFPA 70E——算出した数値を、現場の判断に落とし込む規格
IEEE 1584が提供するのは、あくまでエネルギーを算出するための数理モデルである。この数値を、実際の作業現場でどう使うかを定めているのが、NFPA 70E(Standard for Electrical Safety in the Workplace)だ。全米防火協会(NFPA)が発行するこの規格は、職場における電気安全のための作業手順基準であり、Wikipediaの記載によれば、インシデントエネルギー(cal/cm2で表現される)、アークフラッシュ境界、個人用保護具の要件、そして事業者が整備すべき電気安全プログラムといった概念群を扱っている。
つまり、IEEE 1584が「このアーク放電はどれだけのエネルギーを持つか」を数値化する規格だとすれば、NFPA 70Eは「その数値に応じて、作業者はどこまで近づいてよいか、どんな保護具を着るべきか」を判断するための枠組みだ。両者は役割の異なる二段構えの規格として組み合わさっている。
日本の位置づけ——感電中心の規定と、熱エネルギー評価の空白
では、日本国内の法令はこの構造をどう扱っているのだろうか。労働安全衛生規則第341条から第349条は、活線作業・活線近接作業における絶縁用保護具の着用義務や、接近限界距離の保持を定めている。冒頭の事故の対策として労働災害事例データベースが挙げているのも、作業計画変更時の安全確認の徹底や、接近限界距離の明示、危険認識のための安全教育であり、いずれも感電——電流が体を通ることへの警戒を土台にしている。
ここで、絶縁用保護具そのものの性能規定に目を向けてみる。絶縁用保護具等の規格(昭和47年労働省告示第144号)を確認すると、規定の中心にあるのは使用電圧区分ごとの耐電圧性能——たとえば600V超3,500V以下の電路用には12,000Vの試験電圧に1分間耐えることを求める、といった数値だ。この告示の中に、アーク放電による熱エネルギーへの耐性を明示的に定めた項目は見当たらない。
これは、日本国内の絶縁用保護具の規格が劣っているという話ではない。感電防止という目的に対しては、耐電圧性能を軸にした規定は筋が通っている。ただ、NFPA 70Eのようにインシデントエネルギーをcal/cm2という単位で算出し、その数値に応じてPPEの区分を割り当てるという枠組みは、少なくとも本記事で確認できた国内の一次資料の範囲では、同等の形では見当たらない。感電への備えと、熱エネルギーへの備えは、本来別々に検討すべき項目だということが、この空白から見えてくる。
保護協調という、もう一つの対策の入り口
熱エネルギーを浴びる側の備え(保護具・作業距離・作業手順)とは別に、そもそも浴びるエネルギーの総量そのものを減らすという対策の方向がある。ここまで見てきた通り、アークが持続する時間は放出されるエネルギーの総量を左右する要因の一つだった。だとすれば、短絡電流をより短い時間で遮断できる保護機器を選ぶことは、感電対策とは別の理由からも意味を持つことになる。
配線用遮断器が短絡電流を遮断する過程では、接点間に生じるアークをアークシュート(消弧グリッド)で急速に冷却・分断する仕組みが働いている。この仕組み自体は配線用遮断器はどうやってアークを消しているのかで扱った。さらに短絡電流がピークに達する前に電流そのものを抑え込みながら遮断する限流遮断器は、遮断時間の短縮という観点から見ると、アークフラッシュのエネルギー低減にも寄与しうる保護機器だと言える。仕組みの詳細は限流遮断器とは何かに譲るが、保護協調の設計が感電対策の枠を超えて、アークフラッシュ対策の一部でもあるという見方は、覚えておいて損はない。
実務にどう活かすか
ここまでの内容を整理すると、実務で押さえておきたい点は次の3つに収まる。
- 感電対策とアークフラッシュ対策は、防ぐ対象が違う。絶縁用保護具は電流の侵入経路を断つものであり、熱エネルギーそのものへの防護性能を保証するものではない。
- アークフラッシュのエネルギーは、電流の大きさだけで決まらない。ギャップ・作業距離に加え、遮断時間という要因が絡み合って決まる。電流が小さいから安全とは限らない。
- 保護協調の設計は、感電対策とアークフラッシュ対策の両方に効く。短絡電流を速く遮断できる保護機器の選定は、両方の観点から検討する価値がある。
特別高圧・高圧設備の点検・清掃作業では、絶縁用保護具の耐電圧性能だけでなく、対象となる回路の遮断時間や保護協調の設計まで含めて確認しておきたい。設備の更新や保護機器の選定でお悩みの際は、お気軽にご相談いただきたい。
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