キュービクルの扉を開けた瞬間、目に入ったのは銅色の板が三枚、行儀よく並んだ姿だった。増設する分岐開閉器をどの相につなぐか、図面には「第2相へ接続」とだけ書いてある。しかし目の前の母線はどれも同じ赤茶けた銅色で、板を眺めているだけでは第1相と第2相の区別がつかない。かつて誰かが吹き付けたはずの識別塗料は、何年もの熱と埃にさらされて、色というより染みに近い状態まで薄れていた。結局、検相器を持ち出し、テスタで一本ずつ電圧の位相を確かめる羽目になり、予定していた増設作業は30分以上足止めを食った。
電線であれば、こういう足止めは起きにくい。被覆そのものに色がついているから、テスタを当てる前から赤・白・青のおおよその見当がつく。母線という裸の導体には、その色がそもそも存在しない。何もしなければ、銅もアルミも同じ地の色のまま並ぶだけだ。この一点の違いが、電線の色分けとは別に、バスバー自体に色を塗る作業をわざわざ発生させている理由になる。
なお、電材サーチにはバスバーの許容電流・材質選定を扱う記事と、制御盤内配線の被覆色分けルールを扱う記事がすでにある。前者はバスバーという部材そのものの太さ・材質の選び方、後者は電線という被覆をまとった導体の色の話だ。ここで扱うのは、その中間にある盲点——被覆を持たない裸の導体そのものに、誰かが後から色をつけるという識別手法——に絞る。
なぜバスバー自体に相識別が必要なのか——「色がある」電線と「色がない」母線
電線の被覆色は、製造された時点ですでに決まっている。赤い被覆のIV線は、工場を出た瞬間から赤い。この「最初から色がついている」という性質のおかげで、電線は色分けの規格さえ守れば、あとは何もしなくても識別機能を持ち続ける。
母線は違う。銅帯にせよアルミ帯にせよ、地の色は素材そのものの色でしかなく、相によって変わることはない。3本並んだ母線を眺めても、そこにあるのは同じ金属光沢が3枚並んでいるという事実だけだ。相を区別する情報は、母線という物体そのものには備わっていない。誰かが後から手を動かして色を足すまでは、無地のままだ。
この違いは、些細なようでいて識別作業の性格を変える。電線の色分けは「規格に沿って製造する」ことで完結するのに対し、母線の相識別は「施工段階で人が手を動かして色をつける」という作業を、規格とは別にもう一段挟まなければ成立しない。電線の色分けルールを知っているだけでは、母線の相識別は語れない理由がここにある。
相識別の方法——テープ・塗装・スリーブ
裸の母線に色を与える方法は、大きく分けて三つある。色付きの絶縁テープを巻く、耐候性の塗料やペイントマーカーで着色する、色分けされた熱収縮チューブ(スリーブ)を被せて熱で収縮させる、という手法だ。
国土交通省大臣官房官庁営繕部の「公共建築工事標準仕様書(電気設備工事編)」は、分電盤・制御盤の主回路導体について、色別された絶縁電線を用いる場合を除き、「その端部又は一部に色別を施す」ことを求めている。裏を返せば、母線という裸導体を使う限り、色別された絶縁電線という「最初から色がついている」選択肢は取れないため、端部か一部にあとから色を施す作業が必ず発生するという構造になっている。同仕様書はまた、銅帯には「被覆、塗装、めっき等による酸化防止の処置」を施すことも定めており、母線の表面には酸化を防ぐための処理と、相を識別させるための色分けという、目的の異なる二つの加工が重なっていることになる。
一般的な色の割り当て——電線色分けとの対応関係
では、実際にどの相に何色が割り当てられるのか。日本電機工業会(JEMA)が定めるJEM1134「配電盤・制御盤の交流の相又は直流の極性による器具及び導体の配置及び色別」は、1958年に制定され、2017年に最新改正を受けた規格で、配電盤・制御盤内の器具・導体の配置と色分けを扱う。複数の解説記事(電線色・配線色規格早見表、Wikipedia「識別標識(電線)」など)が紹介する内容によれば、この規格は第1相を赤、第2相を白、第3相を青、中性線を黒に対応させることを標準としている。
前述の公共建築工事標準仕様書が示す「導体の配置と色別」の表も、三相3線式で第1相=赤・第2相=白・第3相=青、三相4線式では中性相に黒を割り当てるという、ほぼ同じ配色を採用している。独立行政法人水資源機構の高圧受変電設備標準仕様書も、高圧・低圧いずれの三相3線式についても同様に第1相=赤・第2相=白・第3相=青とする配置色別を定めている。複数の公的な仕様書が同じ配色にそろっている以上、これが実務上の共通了解に近い扱いを受けていると考えてよさそうだ。
ここで思い出したいのが、姉妹記事で扱った電線被覆の色分けだ。制御盤内配線では黒=主回路、赤=交流制御回路、青=直流制御回路という配色が語られていた。母線の相識別色(赤・白・青=第1相・第2相・第3相)と、盤内配線の回路種別色(黒・赤・青=主回路・交流制御・直流制御)は、同じ「赤」「青」という色を使っていても、指している対象がまったく別だ。母線の赤は主回路の「相」を、盤内配線の赤は回路の「種別」を示す。同じ盤の中に両方の色分けが同居する以上、この二つを混同しないことが、色を読み解く側の最低条件になる。
もっとも、この配色を「全国共通の決まり」だと思い込むのは早計だ。東光高岳の技術情報誌が紹介する電力会社ごとの相表示の一覧を見ると、東京電力は黒=第1相・赤=第2相・白=第3相、中部電力は青=第1相・白=第2相・赤=第3相というように、電力会社ごとに配色がまったく異なっている。JEM1134や公共建築工事標準仕様書が示す「赤・白・青」は盤内の一般的な目安であって、特別高圧から低圧まで法令で一律に強制されている配色ではない。同誌が引用する発変電規程(JEAG)も、「特別高圧母線及び高圧母線にはその見やすい箇所に相別の表示を行うことが望ましい」と述べるにとどまり、具体的な色や記号までは規定化していないとされる。望ましい、であって、義務ではない。
識別の位置・頻度——どこに、どれだけ施すか
色を「どこに」施すかにも考え方がある。公共建築工事標準仕様書が求めるのは「端部又は一部」への色別であり、母線全長を塗り分けることまでは求めていない。実務上は、接続部の近く——ボルト締結部や分岐バーとの接合部の手前——に色を集中させておくのが基本になる。作業者が手を伸ばす場所、目視で確認する場所に色があってこそ、識別としての意味を持つからだ。
長い母線が盤内を横断する場合には、一定間隔ごとに同じ色を繰り返し施しておく設計も見られる。端の一箇所だけに色があっても、盤の奥まで手を伸ばした先でその色が視界に入るとは限らない。識別は「どこかにある」ことより、「今見ている場所にある」ことの方が実務上は効く。
識別が失われる要因——経年による色あせと粉じん
色は、施した瞬間から劣化が始まる。メッキ.comの解説が指摘するとおり、無処理の銅は酸化・硫化によって変色し、地の色そのものが茶色から黒っぽい色へと変わっていく。この地色の変化は、その上に施された識別色との境界をあいまいにし、離れた位置からの視認性を落とす一因になると考えられる。
盤内という環境も、色にとって穏やかではない。母線は通電すればわずかに発熱し、周囲との温度差から盤内にわずかな空気の動きが生まれやすい。そこに乗って舞い込む粉じんが、時間をかけて色の上にうっすらと積もっていく——という経路も、盤の粉じん・清掃に関する一般的な知見からは十分にありうる話だ。塗料やテープの色そのものが色あせるだけでなく、その上を覆う粉じんの層が、色をさらに読み取りにくくする方向に働く。
冒頭のキュービクルで起きていたのも、まさにこの劣化だった。何年も前に誰かが吹き付けた識別塗料は、酸化と粉じんの両方に長年さらされ、色というより染みに近い状態まで後退していた。識別色は一度施せば恒久的に機能し続けるわけではなく、点検のたびに「まだ読み取れる状態か」を確認する対象として扱う必要がある。
改修・増設時に相順を誤認するリスク
識別色が薄れた状態で改修や増設を行うと、次に待っているのは相順の誤認という、もう一段重い問題だ。三相の機器は、R・S・T(あるいはU・V・W)の接続順序が入れ替わると、回転磁界の向きが反転する。ポンプやファンにつながるモーターであれば、逆回転によって羽根車に想定外の負荷がかかり、過負荷電流や冷却不良による異常発熱・巻線焼損につながりかねないと解説されている。
識別色を頼りに「たぶんこの色が第2相だろう」という思い込みだけで結線し直すと、色あせで本来の色を見誤っていた場合、この逆相接続がそのまま起きてしまう。対策として広く紹介されているのが、結線後に検相器(フェーズチェッカー)を使い、電源を実際に投入する前に相回転の順序を測定機器で確認するという手順だ。色は最初の当たりをつけるための手がかりに過ぎず、最終判断は計測器に委ねる——この原則は、電線の色分けについて姉妹記事で述べたことと、実はまったく同じ形をしている。色あせた母線を前にしたときこそ、この原則を思い出す価値がある。
よくある質問
バスバー(母線)に相識別の色を塗るのは、電線の色分けと同じルールですか?
いいえ、対象が異なります。電線は被覆に最初から色がついているため、JIS等の色分け規格に沿って製造すればそれで識別が完結します。一方、母線は銅帯やアルミ帯という裸の導体であり、地の色は相によって変わりません。日本電機工業会のJEM1134「配電盤・制御盤の交流の相又は直流の極性による器具及び導体の配置及び色別」や、国土交通省の公共建築工事標準仕様書が定めているのは、この裸の導体に対して施工段階で後から色を足すための規定であり、電線被覆の色分け(JIS C 0446等)とは対象そのものが別物です。
母線の相識別には、一般的にどんな色が使われますか?
複数の解説記事が紹介するJEM1134の内容や、国土交通省の公共建築工事標準仕様書、独立行政法人水資源機構の高圧受変電設備標準仕様書などが示す配色によれば、三相3線式で第1相=赤・第2相=白・第3相=青、三相4線式ではこれに中性相=黒を加える例が広く紹介されています。ただし法令で一律に強制された配色ではなく、電力会社ごとに独自の相表示を採用している実例も確認されているため、盤の設計図・竣工図に記載された配色を現場ごとに必ず確認することが前提になります。
母線に色をつける方法にはどんなものがありますか?
色付きの絶縁テープを巻く方法、耐候性の塗料やペイントマーカーで着色する方法、色分けされた熱収縮チューブ(スリーブ)を被せて熱で収縮させる方法などがあります。国土交通省の公共建築工事標準仕様書は、色別された絶縁電線を用いない場合、母線の端部または一部に色別を施すことを求めており、母線全体を塗り分けることまでは求めていません。接続部の近くなど、作業者が実際に目視・作業する箇所に色を集中させるのが実務上の基本です。
母線の識別色が薄れていたら、どう対応すればいいですか?
識別色は経年で酸化・変色し、盤内に舞い込む粉じんによってさらに読み取りにくくなります。色だけを頼りに結線作業を進めるのは危険で、特に改修・増設で相順を入れ替える可能性がある作業では、結線後に検相器(フェーズチェッカー)を用いて実際の相回転の順序を確認することが基本です。色あせが進んでいる母線を見つけた場合は、点検記録に残した上で識別色の塗り直しを検討してください。
相順を間違えて接続すると、何が起きますか?
三相の接続順序(R・S・T等)が本来の順序と逆になると、回転磁界の向きが反転し、モーターが逆回転します。ポンプやファンにつながる機器であれば、羽根車に想定外の負荷がかかって過負荷電流が流れたり、冷却用の気流が正常に発生しなくなって異常発熱や巻線の焼損につながるおそれがあると解説されています。改修や増設で母線への接続をやり直す際は、識別色だけに頼らず、検相器による確認を必ず行ってください。
バスバーの相識別・母線まわりの部材調達について
「識別色が読み取れなくなった母線を、増設に合わせて塗り直したい」「キュービクルの更新にあわせて、相識別を含めた母線一式を新調したい」といったご相談を、電気工事店・設備管理担当者様からいただくことがあります。
母線の相識別は、色の規格だけでなく、盤メーカーや現場ごとの配色ルールとも突き合わせる必要がある領域です。電材サーチでは、日東工業をはじめとする各メーカーの分電盤・キュービクル用バスバーから、識別用の資材まで、仕様の確認からまとめての調達までご相談いただけます。
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