年次点検の自動起動試験で、発電機が一瞬だけ動き出し、すぐに止まった。担当者は最初、よくある誤作動だろうと思ったに違いない。ところが記録を洗い直すと、その非常用発電機に載っていたGSユアサ製のバッテリーは、製造から約18年が経過していた。メーカーが指定する交換目安は5〜6年。実に3倍以上の期間、交換されないまま使われ続けていたことになる。警報はそれまで一度も鳴っていない。点検票にも異常の記載はなかった。それでも、いざ試験モードで起動をかけた瞬間、バッテリーは要求された仕事をやり遂げられなかった。
このエピソードが不気味なのは、故障が唐突に見えることではない。むしろ逆だ。18年という歳月のあいだ、バッテリーは「壊れて見えない」まま、着実に弱っていった。電圧計は正常値を指し続けていたかもしれない。それでも、実際にセルモーターを回すだけの瞬発力は、いつの間にか失われていた。
なぜ「普通の充電池」では駄目なのか
非常用発電機のエンジンをかける役目を担うのは、セルモーター(スターターモーター)と呼ばれる直流モーターだ。キーやリモコンから始動信号が入ると、このモーターがエンジンのクランク軸を強制的に回し、圧縮と燃焼のサイクルを立ち上げる。乗用車のセルモーターでも、始動の瞬間にはバッテリーからおおむね50〜200アンペア、場合によってはそれ以上の電流が一気に引き出されるとされる。数秒に満たない、ごく短い時間の話だ。
ここで求められているのは、スマートフォンの充電池のような「長く使える」性能ではない。むしろ真逆で、「ごく短時間だけ、極めて大きな電流を出せるか」という瞬発力そのものが問われている。この性能を表す指標がコールドクランキングアンペア(CCA)だ。JIS D 5301(始動用鉛蓄電池)は、氷点下18℃±1℃という低温環境でバッテリーを定電流放電させ、30秒後の端子電圧が7.2ボルト以上を維持できる放電電流の大きさをもって、この性能を定義している。低温をあえて条件に選んでいるのは、化学反応が鈍る寒冷時こそ、始動性能が最も厳しく試される場面だからだ。
容量(アンペアアワー)を示すスペックと混同されやすいが、両者は別の能力を測っている。容量は「どれだけ長く電気を蓄えておけるか」の指標であり、CCAは「どれだけ瞬間的に大電流を出せるか」の指標だ。ノートパソコンのバッテリーが優秀な容量を持っていても、セルモーターを回すような大電流を出す設計にはなっていないのと同じ理屈である。
大型エンジンほど、この瞬発力の要求は重くなる
非常用発電機に搭載されるディーゼルエンジンは、乗用車のエンジンより排気量が大きい機種も少なくない。エンジンが大きくなれば、クランク軸を回すのに必要なトルクも大きくなり、それを電気だけで賄おうとすれば、当然セルモーターとバッテリーの容量も比例して重くなる。三菱重工業の非常用ディーゼルエンジン発電機のラインアップでは、始動方式として電気(セルモータ)方式のほかに、空気直入方式・エアモータ方式が用意されており、機種に応じて選べるようになっている。中〜大型の機関になるほど、電気式だけで始動を完結させることが現実的でなくなる場面があることの表れと見てよいだろう。
つまり非常用発電機の始動用蓄電池には、自動車用バッテリーと同種の「瞬発力」という性質を土台にしながら、より重い要求がのしかかっている。そのうえで、この蓄電池はもう一つ、自動車用バッテリーとは決定的に異なる使われ方をされている。
眠ったまま、劣化していくバッテリー
自動車のバッテリーは、毎日エンジンがかかり、走行中に発電機(オルタネーター)から充電を受け、また消費される。つまり日々、充放電のサイクルを繰り返しながら「生きている」状態にある。
非常用発電機の始動用蓄電池は違う。停電が起きない限り、出番は来ない。実際に運転するのは月次・年次の試運転のときくらいで、それ以外の期間は、バッテリー充電器から微弱な電流を絶えず流し込まれる「浮動充電」の状態のまま、ひたすら待機している。この充電器が正常に働いている限り、端子電圧は満充電相当の値を示し続ける。逆に言えば、充電器さえ壊れていなければ、バッテリーは「見た目には」ずっと元気なままに見えてしまう。
ところが鉛蓄電池には、この静かな待機状態のなかで進行する劣化がある。放電の過程で電極板の周囲に生成される硫酸鉛の結晶——サルフェーションと呼ばれる現象だ。生成された直後の硫酸鉛は柔らかく、速やかに充電すれば電解液に溶け戻る可逆的な物質にすぎない。しかし、わずかな自然放電と浮動充電の繰り返しのなかで長期間放置されると、この結晶は少しずつ硬質化し、やがて電解液に戻らなくなる。電気を通さない結晶が電極表面を覆えば、内部抵抗は上昇し、蓄えられる容量も、瞬間的に出せる電流も、両方が落ちていく。
厄介なのは、この劣化が電圧計には現れにくいという点だ。内部抵抗が上がっても、浮動充電中の端子電圧はほとんど変わらない。異変が姿を現すのは、実際に大電流を要求されたとき——つまり、停電が起きて、いざセルモーターを回そうとした、まさにその瞬間である。
メンテナンスフリー化が生んだ、もう一つの死角
現在、非常用発電機に搭載される始動用蓄電池の主流は、制御弁式(密閉型)の鉛蓄電池だとされる。充電で発生するガスを内部で水に還元する構造を持ち、補水や電解液比重の測定が不要なメンテナンスフリー設計であることが、普及の理由だ。ベント型(開放型)であれば、点検のたびに電解液の比重を測ることで、劣化の兆候をある程度直接つかむことができた。制御弁式ではその手段そのものが失われており、点検で確認できるのは主に端子電圧と内部抵抗の測定値に限られる。
利便性と引き換えに、目視でつかめる情報が減った。これは設計として妥当な選択ではあるのだろう。それでも、内部抵抗の測定を怠れば、劣化の進行そのものが点検の網から抜け落ちてしまう可能性がある。冒頭の事例で警報が一度も鳴らなかったのも、この構造と無縁ではないはずだ。
では、何を手がかりにすればよいのか
一つの手がかりは、単純にメーカーが指定する推奨交換年数を守ることだ。目安として5〜7年がしばしば挙げられるが、これはあくまで目安であり、設置環境の温湿度や充電器の作動状況によって前後する。本サイトの別記事で扱った、非常用発電機の負荷試験・内部観察等に関する消防法上の点検体系のなかでも、始動用蓄電池をメーカー指定の推奨交換年数以内に交換することは、点検周期の延長を認めてもらうための「予防的な保全策」の一項目として位置づけられている。ただしそこでの主眼は「いつ替えるか」であって、「なぜその年数を超えてはいけないのか」という技術的な理由までは踏み込んでいなかった。答えの半分は、ここまで見てきたサルフェーションの進行にある。
もう一つの手がかりは、業界側の動きに見て取れる。ヤンマーエネルギーシステムが2025年に商品化した大容量非常用発電機「GY175シリーズ」では、遠隔監視サービスの機能の一つとして、バッテリー劣化診断が組み込まれている。電圧だけでは見えない劣化を、外部からの常時監視によって補おうという発想だ。これは裏を返せば、始動用蓄電池の劣化が「現場の目視や定期点検だけでは捕捉しきれない」という課題として、メーカー側にも認識されていることの表れでもある。
こうした常時監視の仕組みを持たない設備であれば、点検業者に依頼して内部抵抗(またはコンダクタンス)を実測してもらうのが、現実的な次善策になる。専用のバッテリーテスターを端子に当て、放電させずに内部抵抗の値を測定し、その値が新品時や前回測定時と比べてどれだけ上がっているかを見る。電圧計だけでは正常に見えていたバッテリーの中に、こうした測定で初めて「もう瞬発力が残っていない」ことが判明するケースが紛れ込んでいる。
交換時に見落とされがちな注意点——型番と外形寸法だけでは足りない
いざ交換となったとき、現場で起きやすい取り違えがもう一つある。バッテリーの物理的な大きさや端子形状、電圧(12Vか24Vか)だけを合わせて発注してしまい、CCAの値を確認しないまま既存品と入れ替えてしまう、というものだ。同じ外形サイズの製品でも、内部の極板構成によってCCAの値は異なりうる。価格だけを基準に見た目の近い代替品を選んでしまうと、外形は収まっても、いざというときの瞬発力が搭載前提の機種に届いていない、という事態になりかねない。発電機メーカーが指定する適合バッテリーの型番、あるいは現物に貼られた銘板のCCA表示を、交換のたびに確認する習慣が要る。
18年間、警報を鳴らさなかったバッテリーは、結局のところ、誰にも嘘をついていたわけではない。浮動充電の電圧計は、正直に「満充電相当」を示し続けていただけだ。ただ、その数字が保証していたのは、蓄えられている電気の量であって、いざというときにセルモーターを回し切る瞬発力ではなかった。両者の違いに気づけるかどうかが、次の停電の瞬間を分ける。
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よくある質問
コールドクランキングアンペア(CCA)とは何ですか?
JIS D 5301(始動用鉛蓄電池)で規定される、バッテリーのエンジン始動能力を示す性能基準値だ。氷点下18℃±1℃という低温環境でバッテリーを一定電流で放電させ、30秒後の端子電圧が7.2ボルト以上を維持できる放電電流の大きさを指す。数値が大きいほど、低温下でも一瞬で大電流を出せる能力が高いことを意味する。容量(アンペアアワー)が「どれだけ長く電気を蓄えられるか」を示す指標であるのに対し、CCAは「どれだけ瞬間的に大電流を出せるか」を示す、性質の異なる指標だ。
非常用発電機の始動用蓄電池は、乗用車のバッテリーと同じものですか?
多くの非常用発電機では、自動車用に近い始動用の鉛蓄電池が使われており、原理としては共通する部分が大きい。ただし発電機に搭載されるディーゼルエンジンは車両用エンジンより排気量が大きい機種も多く、始動に必要なトルクもそれに応じて大きくなりうる。三菱重工業の非常用ディーゼルエンジン発電機では、始動方式として電気(セルモータ)式のほかに空気直入方式・エアモータ方式が用意されており、機種に応じて選択できるようになっている。中〜大型の機関ほど、始動を電気式だけで賄うことが難しくなる場合があることの表れと考えられる。
始動用蓄電池が劣化していても、外から見て気づけないのはなぜですか?
現在主流の制御弁式(密閉型)鉛蓄電池は、補水や比重測定が不要なメンテナンスフリー設計であることが普及の理由だが、その分、電解液の状態を目視で確認する手段が失われている。点検で確認できるのは主に端子電圧と内部抵抗であり、平常時は微弱な電流で常時充電(浮動充電)されているため、電圧だけを見ると正常に見えてしまうことがある。劣化の実体である硫酸鉛の結晶化(サルフェーション)は、内部抵抗を押し上げてから初めて表面化するため、実際にセルモーターを回すだけの瞬発力が残っているかどうかは、負荷をかけた実測でなければ判別しにくい。
サルフェーションとはどのような現象ですか?
鉛蓄電池が放電する過程で電極板の周囲に生成される硫酸鉛の結晶を指す。生成された直後は柔らかく、速やかに充電すれば電解液に戻る可逆的な物質だが、充電不足のまま長期間放置されたり、浅い充放電が繰り返されたりすると徐々に硬質化し、電解液に戻らなくなる。硬質化した硫酸鉛は電気を通さないため、バッテリーの内部抵抗が上昇し、蓄電能力・放電能力の両方が低下する。
始動用蓄電池の交換はどれくらいの頻度で行うべきですか?
一般的には5〜7年が交換の目安とされているが、これはあくまで目安であり、設置環境(温度・湿度)や充電器の作動状況によって前後する。重要なのは目安年数そのものより、メーカーが指定する推奨交換年数を実際に守れているかどうかだ。ある点検事例では、GSユアサ製バッテリーの推奨交換目安が5〜6年であったにもかかわらず、実際には約18年間交換されずに使われ続けていたケースが報告されている。年次点検で異常の兆候が出るまで、交換の遅れそのものは表面化しなかった。
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