関東の工場で15年使ってきた送風機を、そのまま関西の新工場へ運んだ。配管をつなぎ直し、動力盤に接続し、試運転のスイッチを入れる。担当者にとっては、ただの移設作業のはずだった。
ところが数週間後、保全日誌に妙な記録が増え始めた。以前より軸受まわりがはっきり熱を持つ。回転音がわずかに高い。銘板の数字も配線も変えていないのに、機械の「様子」だけが変わっている。原因を電源盤まで遡って、担当者はようやく気づいた。関東は50Hz、関西は60Hz。同じ200Vでも、周波数が違っていたのだ。
「電圧さえ合っていれば動く」という理解は、半分しか正しくない。もう半分——周波数——は、モーターや変圧器、タイマーのような機器の内部で、電圧とはまったく別の役割を担っている。しかも厄介なことに、その役割は「50Hzから60Hzへ」動くときと「60Hzから50Hzへ」動くときとで、同じようには効いてこない。
なぜ日本だけ、東と西で周波数が分かれているのか
理由は単純で、そして少し間の抜けている。明治の電力会社が、発電機を別々の国から買っただけだ。
日本ガイシの社史資料によれば、大阪電灯は1889年、西道頓堀の火力発電所に米トムソン・ヒューストン社(後のGE社)製の60Hz交流発電機を設置した。一方の東京電灯は、1895年9月に浅草発電所の運転を開始した際、ドイツAEG製の50Hz発電機を採用している。西は米国式、東は独国式。この6年の差と、たまたま選ばれた輸入元の違いが、130年以上たった今も東京と大阪の間に周波数の壁として残り続けている。
中部電力の解説によれば、境界線はおおむね静岡県の富士川と新潟県の糸魚川あたりで、同社の供給エリア(長野県など)ではこの二つの周波数が混在してもいる。統一するには全国の発電・送電設備を作り直す規模の投資が必要になるため、誰も本気で音頭を取らないまま、この「明治のねじれ」は現役の設計条件として生き続けている。
代表例1: 誘導モーター——回転数は周波数にそのまま比例する
モーターの世界でこのねじれが最初に牙をむくのが、回転数だ。
三相誘導モーターの同期回転速度は、オリエンタルモーターの用語解説によれば次の式で決まる。
は電源周波数、は極数。極数という機械側の条件が同じなら、回転数は周波数にそのまま比例する。同社の技術セミナー資料は、一般的な4極モーターの同期回転速度が50Hzで1500r/min、60Hzで1800r/minになると具体的に示しており、実際に負荷をかけたときの定格回転速度も50Hzで1200〜1300r/min、60Hzで1450〜1550r/minという範囲になるとしている。数字の上では、たった10Hzの差が回転数を2割ほど押し上げる。
ここで直感に反する事実が一つある。この2割の上昇は、モーター自身にとって「無理をしている」状態ではない。同資料が示すKIIシリーズ25W・三相200Vモーターの実測データでは、同一の型番を50Hzで運転したときの定格トルクが190mN·m・電流0.23Aであるのに対し、60Hzで運転すると定格トルクは160mN·mに下がり、電流も0.21Aへと下がる。回転数は上がっているのに、モーター自身が引く電流もトルクもむしろ小さくなっているのだ。
では、冒頭の送風機はなぜ熱を持ったのか。答えはモーターの中ではなく、モーターが背負っている負荷の側にある。
ポンプ・ファンが「3乗則」で牙をむく
ポンプやファンのような回転式の流体機械には、日本電気技術者協会(JEEA)の解説にある通り、「トルクが回転数の2乗に比例し、消費電力は回転数の3乗に比例する」という特性がある。いわゆる3乗則だ。
回転数が20%上がるということは、この法則に従えば、送風機が要求する軸動力はおよそ1.2の3乗、約1.73倍に膨れ上がるということになる。ところが直前に見た通り、60Hz運転時のモーター自身のトルク余裕はむしろ減っている。負荷が求める動力は急増し、それに応えるモーターの手持ちは減る——この二つが同時に起きるのが、50Hz用に設計された送風機やポンプを60Hz電源にそのままつないだときの実態だ。モーターの巻線は、要求に応えようと定格を超える電流を引き込み、コイルが発熱する。冒頭の送風機の軸受まわりが熱を持っていたのは、モーターの磁気回路が壊れかけていたからではなく、負荷の要求と供給能力のバランスが、周波数が上がった瞬間に崩れていたからだった。
裏を返せば、60Hz用のポンプ・ファンを50Hz地域へ持っていく方向は、負荷の要求動力がむしろ下がるため、機械的にはまだ穏やかに済むケースが多い。速度が落ちた分だけ流量や風量は物足りなくなるが、それは性能不足であって、焼損リスクとは性質が違う。
代表例2: 変圧器——鉄心は周波数が「下がる」方に弱い
ところが、変圧器の世界に話を移すと、この非対称性の向きがきれいに逆転する。
変圧器の鉄心を通る磁束密度は、電圧を一定に保ったまま周波数だけを動かすと、周波数に反比例して変化する。三菱電機FAのFAQは、50Hz変圧器を60Hzで使用した場合について、無負荷損が小さくなって効率が良くなり、インピーダンスと電圧変動率が若干大きくなる程度だとしている。同FAQが示す目安では、50Hz使用時を100とすると、60Hz使用時の無負荷損は75〜90、無負荷電流は25〜30まで下がる。周波数が上がる方向は、変圧器にとってむしろ楽になる変化なのだ。
問題は逆方向だ。同社の別のFAQは、60Hz変圧器を50Hzで使用することについて「できません」と明言している。鉄心は(60/50=)1.2倍の過励磁になり、無負荷電流と励磁突入電流が大幅に増加し、無負荷損も大幅に増え、温度上昇はより高くなる。局部加熱を起こす場合もあるという。
つまり変圧器では、「周波数が下がる方向」こそが危険な方向であり、モーター・ポンプの世界で見た「周波数が上がる方向が危険」という関係とちょうど正反対になる。表面だけをなぞれば矛盾しているように見えるが、原因をたどれば筋は通っている。モーターの問題は負荷側の力学(3乗則)が引き起こすものであるのに対し、変圧器の問題は鉄心そのものの磁気飽和という、装置内部の物理現象だからだ。同じ「周波数のズレ」という原因が、機器の種類によって正反対の方向に牙をむく——これが、50Hz/60Hz問題を「回転数が上がる方が危ない」という一言だけで済ませられない理由になっている。
代表例3: タイマー・同期モーター式時計——刻んでいるのは時間ではなく交流の波の数
三つめの例は、モーターでも変圧器でもない。時を刻む機器だ。
交流モータ式のタイムスイッチや電源同期式の時計は、電源の交流波形そのものを1秒・1分の基準として使う同期モーターを内蔵している。パナソニックのFAQによれば、60Hz地域で50Hz設定のまま使うと、時計は通常の1.2倍速で進んでしまう。逆に50Hz地域で60Hz設定のまま使うと、今度は時計が遅れる。
この機器が厄介なのは、故障ではなく「静かに間違い続ける」タイプの不具合である点だ。モーターの過熱やブレーカーの誤動作なら、いずれ何らかの形で異常が表面化する。しかしタイムスイッチの時刻ずれは、街路灯や防犯灯が数分早く消えたり点いたりする程度の変化にとどまり、設定を疑うところまでなかなかたどり着かない。周波数の取り違えという同じ原因が、機器によって「焼損」にも「静かな誤差」にもなり得るということだ。
なお、こうした周波数依存は制御機器の隅々にまで及ぶ。三菱電機FAのFAQは、熱動-可調整電磁式(CT式)の過電流引きはずし装置を持つ低圧遮断器の一部機種について、周波数を取り違えると動作特性がずれ、電路の保護ができなくなったり不要に遮断したりする可能性があるとして、暫定的な使用も含めて推奨しないとしている。モーター・変圧器・タイマーという代表例の外にも、周波数を前提に設計された部品は電材のあちこちに埋め込まれている。
50/60Hz両用設計が主流になった理由
こうした周波数依存の面倒さは、メーカー側にもとうに知られている。だからこそ、現在の汎用モーターは50Hz・60Hzどちらでも使える三定格設計(例えば200V/50Hz・200V/60Hz・220V/60Hzの3つの定格を1台に持たせる設計)が標準になっており、銘板にも周波数ごとの回転数・電流が併記されているのが一般的だ。汎用インバータの普及も大きい。周波数そのものを電子的に作り変えられるインバータを組み合わせれば、モーター側は最初から特定の商用周波数を前提にする必要がなくなる。
つまり業界は、「東西の壁を意識しなくて済む設計」の方向へ、すでに何十年もかけて進んできている。それでも壁が完全に消えていない理由は単純で、古い在庫品・中古機器・単一周波数専用の変圧器や制御盤が、今もそのまま現場で稼働し続けているからだ。
設備移設・中古機器導入時に確認すべきこと
東西をまたぐ設備移設や、中古機器・海外設備の導入を検討するときに確認すべき点は、突き詰めれば三つに絞られる。
一つめは、銘板の周波数表示そのものだ。「50/60Hz」「ヘルツフリー」と明記されていればまず問題ないが、「50Hz」または「60Hz」いずれか一方だけの単独表示は、その周波数専用の設計だと考えた方が安全になる。
二つめは、モーターだけでなく駆動される機械側の設計上限だ。ポンプ・ファン・コンベアのように回転数がそのまま能力に直結する機械は、周波数が上がる方向で軸動力・羽根車強度・軸受寿命の余裕を確認しないと、モーターに何の異常がなくても機械側が先に音を上げることがある。
三つめは、変圧器・タイマー・遮断器のように「周波数が下がる方向」にも別のリスクを抱える機器の洗い出しだ。移設プロジェクトでは往々にしてモーター類の確認だけで満足してしまいがちだが、盤の中に埋め込まれた変圧器や制御用タイマーこそ、見落とされたまま何年も使われ続けるリスクが高い。
これらの確認は、型式さえ分かればメーカー資料を突き合わせるだけで済むことが多い。逆に型式が読み取れない古い機器ほど、実際に動かしてみるまでリスクが見えないという意味で厄介になる。
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