キュービクルの主開閉器を「入」にした瞬間、盤の中でカチッと音がして、廊下の照明が一瞬だけ暗くなる。負荷はまだ何もつないでいない。変圧器を無負荷のまま投入しただけだ。それなのに、隣の需要家の保護継電器が原因不明のまま動作したという連絡が、後日届くことがある。
負荷がゼロなら、電流もゼロに近いはずではないのか。そう考えるのが自然だが、変圧器という機器に限っては、この直感は正しくない。
犯人は負荷ではなく、鉄心の磁気的な性質
変圧器を電源に投入した瞬間に流れる大きな電流は、励磁突入電流と呼ばれる。日立産機システムのFAQは、これを「変圧器の運転を開始する際に電圧を印加した直後、定格電流の数倍から数十倍にも達することがある電流」と説明している。負荷電流ではない。だから、二次側に何もつながっていない無負荷の変圧器でも、堂々と発生する。
原因は、鉄心を通る磁束と電源電圧の間にある位相差だ。日本電気技術者協会(JEEA)の解説によれば、定常運転中の変圧器では、鉄心の磁束は電源電圧よりも90度遅れた位相で変化している。ところが投入した瞬間の磁束は、この定常状態からいきなり始まるわけではない。鉄心にそれまで残っていた残留磁束の値からスタートし、電圧が正の間は磁束が増え、負の間は減るという過程を経て、ようやく定常的な波形に落ち着いていく。
問題は、この立ち上がりの過程で磁束が定常時の値を大きく超えてしまう瞬間があることだ。ダイヘンのFAQは、この現象を「半波整流波形のような、片方向に突出した歪んだ波形」の電流として説明している。磁束がある値(飽和磁束)を超えると、鉄心は磁気飽和を起こし、それまで電流を通しにくくしていた性質(励磁インピーダンス)を急激に失う。栓が抜けたように、電流だけが跳ね上がる。これが励磁突入電流の正体だ。
投入するタイミングで、大きさが何倍も変わる
厄介なのは、この現象が「変圧器を投入すれば必ず一定の大きさで起きる」わけではないという点だ。
JEEAの解説は、電源電圧の瞬時値がちょうどゼロ付近を通過するタイミングで投入されると、磁束は定常時の約2倍にまで積み上がり、突入電流が最大になると述べている。逆に、電圧が最大値に達しているタイミングで投入すれば、磁束の立ち上がりはほとんど生じず、突入電流もほぼ発生しない。同じ変圧器、同じ容量であっても、投入する位相がわずかに違うだけで結果はまったく別物になる。
さらに事態を複雑にするのが残留磁束だ。直前に変圧器を遮断した際、鉄心には定格磁束の数十%程度の磁束が残ることが一般的だとされる(三菱電機技報)。この残留磁束の向きが、たまたま投入時の磁束の立ち上がり方向と重なってしまうと、磁束の積み上がりはさらに大きくなる。位相の巡り合わせと残留磁束の巡り合わせ、この二つが揃った投入だけが、突出して大きな突入電流を生む。
大きさの目安として、ダイヘンのFAQは容量10MVAクラスの変圧器で定格電流の6〜8倍程度に達する例を挙げ、JEEAの解説はピーク値が定格電流の10倍に達する場合もあるとしている。三菱電機技報が示す実フィールドでの実測例では、対策を何も施さず三相を同時に投入したケースで、突入電流が1,121A、それに伴う系統の電圧変動が14.9%に達している。
なぜ問題になるのか——熱と電圧、二つの負担
この電流が引き起こす影響は、大きく二つの筋道をたどる。
一つは、瞬間的とはいえ機器に流れ込む大電流そのものが与える熱的なストレスだ。高圧限流ヒューズのT種は、まさにこの励磁突入電流(定格電流の10倍・0.1秒程度という想定)に対して誤って溶断しないよう設計された区分であり、過電流継電器(OCR)の整定値も、この突入電流で不要動作しないよう電力会社との協議を経て決められる。これらは、突入電流という現象が「起きるもの」だと前提したうえで、保護機器の側をどう耐えさせるかという視点の対策だ。
もう一つが、投入した瞬間に系統全体の電圧を押し下げる影響だ。大きな電流が瞬間的に流れ込めば、その分だけ電源系統のインピーダンスで電圧降下が生じる。電力会社の供給約款は、こうした電圧変動を一般に10%以下に抑えることを求めており、三菱電機技報の実測例が示した14.9%という数字は、この基準を大きく超える。投入した需要家だけの問題では済まない。同一系統につながる周辺の需要家でも、照明のちらつきや、パワーエレクトロニクス応用機器・パソコン・医用電気機器といった電圧変動に敏感な負荷機器の動作不良を招きかねない。
保護機器側をどう耐えさせるかではなく、そもそも突入電流という現象自体をどう小さく抑えるか。これが、大容量変圧器を扱う現場で求められるもう一段別の対策になる。
対策1: 限流抵抗投入方式——電流の通り道に、あえて抵抗を挟む
もっとも古くから使われてきたのが、抵抗投入方式遮断器・開閉器による限流抵抗投入方式だ(三菱電機技報)。三菱電機の「エネセーバ」に代表される励突抑制開閉器がこの方式を採用している。
でんきメモの解説によれば、原理はこうだ。開閉器の主接点がいきなり閉じるのではなく、その前に、抵抗を挟んだ投入抵抗接点だけを先に閉じる。抵抗を介して変圧器に流れ込む電流は、その分だけ絞られるため、鉄心が急激に磁化される過程が穏やかになる。鉄心の磁束が定常状態に近づき、励磁インピーダンスが十分な大きさまで回復したところで、今度は抵抗のない主接点を投入し、抵抗を短絡して通常運転に切り替える。
同解説が示す具体例では、500kVAの変圧器において、対策なしなら約656Aに達する励磁突入電流が、この方式によって約18A(6.6kV三相)まで抑えられるという。電圧降下も、無抵抗時の21.0%から供給約款の基準内に収まる水準まで改善する。三菱電機FAの製品情報では、単体容量500kVAを超える変圧器を持つ需要家に対して、通常のLBSに代えてこうした励突抑制開閉器の設置が電力会社から推奨・指導される場合があるとされている。複数の変圧器を持つ設備では、electric-facilities.jpの解説にあるように、各開閉器の投入回路にオンディレイタイマーを設け、2秒程度ずつ時差を設けて自動投入することで、系統への影響をさらに分散させる運用も行われる。ただし、通常のLBSに比べて機器そのものが高価になるため、初期費用と得られる効果を比較して導入を判断することになる。
対策2: 制御投入——抵抗を使わず、位相そのものを選ぶ
もう一つの方向性が、抵抗を使わず、遮断器を投入する位相そのものを電子的に制御する方式だ。開閉極位相制御システム(Controlled Switching System、略称CSS)と呼ばれる。
三菱電機技報が示す仕組みは、鉄心の残留磁束と、これから投入しようとする定常磁束が一致する位相を見極め、その位相でだけ遮断器を投入するというものだ。磁束の立ち上がりが定常状態からほとんどずれないため、理屈のうえでは鉄心が飽和する条件そのものを避けられる。
ただし、同技報はこの方式にも段階があったと明かしている。残留磁束を考慮せずに位相制御だけを行った場合、突入電流は無対策の場合の約60%程度までしか低減できなかった。位相を選ぶだけでは、鉄心に残っている残留磁束という不確定要素まではカバーしきれなかったのだ。三菱電機が世界に先駆けて開発したのは、この残留磁束まで測定し考慮したうえで最適な投入位相を決める制御装置で、これによって突入電流は無対策時の10〜15%程度まで抑制できるようになったという。実フィールドでの適用例では、対策なしで1,121A・電圧変動14.9%だったものが、この制御投入によって96A・0.3%まで低減している。
限流抵抗投入方式が電流の通り道に物理的な抵抗を挟む発想だとすれば、制御投入は電流が流れ込む条件そのものを外してしまう発想だ。同技報は、この制御投入を「投入抵抗付き遮断器等に代わる効果的な励磁突入電流抑制手段」と位置づけており、新設の変圧器だけでなく、既設の遮断器への後付け対応にも柔軟に適用できるとしている。
どちらを選ぶか、そして小容量設備ではどうするか
限流抵抗投入方式と制御投入は、どちらか一方が絶対的に優れているという関係ではない。前者は機械的な抵抗接点という枯れた技術に基づき、比較的シンプルな構成で導入できる。後者は遮断器の動作信頼性の向上と制御の電子化を前提にした、より新しい技術だ。いずれも、対象になるのは主に大容量の変圧器を持つ需要家であり、先述のとおり500kVA前後が実務上の一つの目安になる。
一般的な工場やビルの受変電設備で使われる数十〜数百kVA程度の変圧器では、ここまで見てきたような専用の抑制機器を導入するケースは多くない。その代わりに現場で広く行われているのが、複数の変圧器を持つ設備での分割投入だ。すべてのバンクを一斉に投入するのではなく、一台ずつ時間差をつけて順次投入することで、系統への影響を1バンク分の突入電流に抑える。特別な機器を追加せずに実行できる、もっとも手軽な対策と言える。
変圧器・受変電設備の部材調達について
「大型変圧器の更新に合わせて励突抑制開閉器の導入を検討したい」「既設のLBSを励磁突入電流対策済みの機種に更新できるか相談したい」といったご相談を、電気管理技術者・設備工事ご担当者様からいただくことがあります。
電設資材専門商社・松本電業株式会社(東京都台東区台東2-4-11)では、油入変圧器・モールド変圧器および高圧開閉器を含む受変電設備の関連資材を幅広く取り扱っています。既設設備の容量・投入方式を確認したうえで、更新用機器の選定からまとめての調達までご相談いただけます。
あわせて読みたい
- 高圧限流ヒューズのT種・C種とは|変圧器用とコンデンサ用で溶断特性を分ける理由
- 保護継電器(OCR・OCGR)とは何か|過電流継電器と地絡過電流継電器の役割の違い、整定値という考え方
- 変圧器のタップ切替による電圧調整の仕組み|NVタップの使い方と切替を誤った場合の影響を一次情報で整理
- 変圧器の結線方式Δ-Δ・Y-Y・Δ-Y・Y-Δの違い|なぜ結線方式で高調波・中性点の扱いが変わるのかを一次情報で整理
関連する変圧器・励磁突入電流・限流抵抗投入方式・制御投入の品種・型番をお探しですか?
電材サーチでは、メーカー横断で目的の型番を素早く見つけ、そのまま見積もりを依頼できます。