絶縁抵抗測定では基準値を十分にクリアしていて、直流漏れ電流法をかけても弱点比・成極比のどちらも良好な範囲に収まっている。それなのに、その高圧機器だけがなぜか数年おきに絶縁トラブルを起こす——という話を聞いたことがあるかもしれない。両方の検査に落ち度はなかったはずだ。だとすれば、何を見落としていたのだろうか。
答えの手がかりは、電流という言葉の中身にある。絶縁抵抗測定も直流漏れ電流法も、絶縁体を「電流がどれだけ通り抜けるか」という一つの量でしか見ていない。だが交流電圧をかけたときに絶縁体に流れる電流には、実はもう一段細かい内訳がある。その内訳の比率を数値にする試験が、tanδ(誘電正接、タンデルタ)測定である。
理想の絶縁体を流れる電流は、電圧と90度ずれている
絶縁体に交流電圧をかけると、わずかながら電流が流れる。これ自体は特別なことではない。絶縁体はコンデンサとしての性質(静電容量)を持っており、電圧が周期的に変化する交流では、コンデンサを充電・放電する電流が常に流れ続けるからだ。
ここで一つ、教科書的な事実を確認しておきたい。もし絶縁体が理想的で、電気エネルギーをいっさい無駄にしないとしたら、この電流の位相は電圧に対してきっちり90度進む。東陽テクニカの解説でも、理想的なキャパシタでは印加電圧の位相に対して流れる電流の位相が90度進み、損失はゼロになるとされている。電圧の山が来るより一足先に電流の山が来て、電圧が谷になるより一足先に電流も谷になる。この90度ずれた電流だけが、絶縁体をエネルギーの無駄なく行き来する「充電電流」だ。
理屈のうえでは、この充電電流こそが絶縁体に流れる電流のすべてであってほしい。しかし実際の絶縁体はそこまで都合よくできていない。
90度からのわずかなズレが、劣化の正体
現実の絶縁体には、多かれ少なかれ抵抗としての性質も混ざっている。日本電気技術者協会の解説は、この事情を端的に説明している。絶縁物に交流電圧を印加した場合、流れる電流は損失があるため、電圧より90度(π/2)進んだ充電電流よりわずかにδだけ遅れたものになる、というものだ。このδを誘電損角と呼び、δの正接(タンジェント)を誘電正接、すなわちtanδと呼ぶ。
言い換えると、実際に流れる電流は、理想的な90度ズレの充電電流と、電圧とまったく同じ位相で流れる損失電流の、足し合わせとして表れる。東陽テクニカの解説もこの構造を裏づけていて、実際の回路では全体の電流が抵抗成分に流れる電流とキャパシタ成分に流れる電流に分かれるとしている。充電電流は絶縁体の中を素通りするだけでエネルギーを消費しないが、損失電流は絶縁体の内部で電力として消費され、目に見えない熱に変わる。tanδという一つの数値は、この損失電流が充電電流に対してどれだけの割合を占めているかを表す指標にほかならない。日本ケミコンの資料が示す tanδ = ωCR という式(ωは角周波数、Cは静電容量、Rは等価直列抵抗)も、同じ関係を回路定数の側から言い直したものだ。
理想の絶縁体ならtanδはゼロに近い。だが絶縁体が吸湿したり、内部に気泡(ボイド)や汚損が生じたりすると、電圧と同位相で流れる損失電流の割合がじわじわと増えていく。tanδの数値が動くのは、まさにこの瞬間だ。
なぜ、絶縁抵抗測定では拾いきれないのか
ここまで読むと、一つ疑問が浮かぶかもしれない。絶縁抵抗測定でも十分ではないのか、と。実際、両者は似た現象を見ているところがある。だが見ている軸が違う。
絶縁抵抗測定や直流漏れ電流法は、直流電圧をかけたときに絶縁体を通り抜ける電流の「大きさ」そのものを見る検査だ。これに対してtanδ測定は交流電圧を使い、流れる電流の中身を充電成分と損失成分に分解したうえで、その「比率」を見る。中国電気保安協会の資料でも、Tanδ試験は被測定物に交流電圧を印加し、絶縁物の吸湿・汚損やボイドでの部分放電の発生などによる誘電損を測定する試験と説明されており、直流漏れ電流試験・部分放電試験・ケーブル活線診断と並ぶ、また別の診断メニューとして位置づけられている。日本電気技術者協会の資料も、一般的な絶縁劣化診断試験として直流電圧試験・tanδ試験・交流電流試験・部分放電試験の4種を並べて挙げている。
大きさを見る検査と、比率を見る検査。絶縁体全体がまだ十分な絶縁性能を保っていて漏れ電流としては表面化していなくても、局所的な吸湿や汚損がじわじわ進み、損失電流の比率だけが先に上がり始めている、という状態はありうる。冒頭で触れた「両方の検査が良好だったのに壊れた」という機器も、あるいはこの比率の変化を、tanδという別の軸で見ていれば早い段階で気づけたのかもしれない。
水トリー劣化との関係——数値が動く実例
高圧ケーブルの水トリー劣化は、tanδがどう動くかを具体的に示す例の一つだ。日本電気技術者協会の解説によれば、ケーブル絶縁体中に水トリーが多数発生するとtanδが増加することが知られており、それに伴って絶縁破壊値が低下するという関係が示されている。tanδという抽象的な比率の上昇が、絶縁破壊に至る電圧の低下という具体的なリスクに直結していることが、ここでは数値の裏づけとして語られている。
もっとも、tanδの絶対値だけを見て一律に判断するのは早計だ。日本電気技術者協会の資料では、正常なCVケーブルの商用周波誘電正接値はおおむね0.02〜0.05%程度という低い値とされる一方、現場測定の場合には測定精度を十分高くする必要があるとも指摘されている。中部電気保安協会の解説も同様に、絶縁材料や構成によって値が異なるため、良否を判定するには工場試験記録や現地試験記録の経年変化から判断することが大切だとしている。ある瞬間の一つの数値よりも、同じ設備で過去に測った値からどれだけ動いたかという推移のほうが、判断材料としての重みを持つ。
正常値がもともと0.02〜0.05%程度というごく小さな数字であることは、測定器そのものの作りにも跳ね返ってくる。総研電気の高圧機器用自動tanδ測定器の仕様を見ると、tanδの測定範囲は0〜100%まで確保されているのに対し、最小分解能は0.001%まで踏み込んでいる。健全な絶縁体が示す数%にも満たない小さな損失角を、劣化がまだ数字として目立たないうちに読み取ろうとすれば、それだけ細かい分解能が要る。現場測定で精度を十分に高くする必要があるという指摘も、tanδがもともとそういう桁の勝負を強いる指標だという事情の裏返しなのだろう。
活線でも測れるのか——ケーブルと高圧機器で事情が異なる
停電を伴わずに測定できるかどうかは、対象設備によって答えが変わる。日本電気技術者協会が紹介する活線tanδ法では、被測定ケーブルの端子から分圧器によって電圧信号を、終端箱の接地回路からCT(変流器)によって電流信号を検出し、両者の位相差からtanδを算出する。通電を止めずに、電圧と電流という2つの信号の位相ズレだけを外部から読み取る仕組みだ。
一方、変圧器や回転機、高圧碍子といった高圧機器全般を対象にした自動tanδ測定器は、事情が異なる。総研電気の高圧機器用自動tanδ測定器の仕様を見ると、試験電圧はAC100V〜12kVまたは30kVという範囲で、対象機器そのものに交流の試験電圧を印加しながら静電容量とtanδを測定する構成になっている。この方式では、対象機器を回路から切り離し、停電させたうえで試験電圧を印加する必要がある。ケーブルの活線tanδ法のように既存の電圧・電流を横から読み取る方式と、高圧機器に試験電圧そのものをかけて測る方式とでは、活線でできるかどうかの前提がまるで違う。導入や依頼を検討する際は、どちらの方式が対象設備に合うのかを先に確認しておく必要がある。
まとめ——「量」ではなく「質」を数値にする視点
絶縁抵抗測定や直流漏れ電流法が、絶縁体を通り抜ける電流の「量」を見る検査だとすれば、tanδ測定は、その電流がどれだけ純粋な充電成分でいられているか、いわば電流の「質」を数値にする検査だ。損失電流の割合が上がるということは、絶縁体の内部でそれだけ多くのエネルギーが、目に見えない熱として無駄になり始めているということにほかならない。
どの検査も単独で万能ではない。量を見る検査と質を見る検査、そして部分放電のように放電そのものを見る検査を、対象設備の重要度に応じて組み合わせていく。それが、絶縁劣化を「壊れる前に」つかむための、地に足のついたやり方なのだろうと思う。
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