竣工検査の当日、消防の検査官が天井裏を懐中電灯で照らし、指を止めた。「この配管、床を貫通しているところ、まだ塞いでいませんね」。指摘されたのは、電気的には何の問題もない一本の電線管だった。通線は済んでいる。固定も適切だ。それでも検査は止まる。理由は単純で、コンクリート床に開けた丸い穴が、素通しのまま残っていたからだ。
こうした指摘は、電気工事の現場では決して珍しくない。第三者機関が建物の法令適合状況を調べる遵法性調査でも、防火区画を貫通する配管の処理不備は「比較的頻度の高い」指摘項目に数えられている(ビューローベリタスジャパンの技術監査コラムより)。配線そのものは完璧に仕上げたつもりでも、建築の法令としては未完成のまま竣工図を書いてしまう——このねじれに気づかないまま工事を終える現場は、思われている以上に多い。
なぜ「電線管を一本通す」だけで防火区画が壊れるのか
防火区画とは、建物の中に火災が起きたとき、燃え広がる範囲を一定の面積・一定の階段室・一定の用途ごとに閉じ込めるために設けられた、壁と床の耐火バリアである。1時間なり2時間なり、決められた時間だけ炎と熱を通さないという性能試験に合格した構造体として設計されている。
ところが、電気工事はこの壁と床に穴を開けることでしか成立しない。分電盤から先の回路を延ばすには、区画の向こう側まで電線管を通す以外に方法がないからだ。ここに、見落とされがちな構造的な矛盾がある。防火区画そのものは耐火試験に合格していても、そこに電線管を通すために開けた穴は、区画の性能評価の対象外だ。穴を開けた瞬間、その部分の耐火性能はゼロになる。パテ一つ詰めていない貫通口は、たとえ配管が固く固定されていても、防火区画という壁の中にぽっかり空いた「火が素通りする窓」でしかない。
配線が正しく通っていること、盤の結線が正しいこと——電気工事の品質は、この二つで評価されがちだ。しかし建築の法令が見ているのは、その配線が通り抜けた壁の側の性能である。電気屋の仕事が終わった場所で、建築の要求はまだ終わっていない。
建築基準法上の要求——貫通部の措置は「配線工事の一部」である
建築基準法施行令第112条は、給水管・配電管その他の管が準耐火構造以上の防火区画を貫通する場合、そのすき間をモルタルその他の不燃材料で埋めなければならないと定めている。電線管は「配電管その他の管」に含まれるため、この規定の適用対象になる。あわせて第129条の2の4では、貫通する管の構造について、貫通部分及びその両側1メートル以内を不燃材料で造ること、国土交通大臣が定める外径未満とすること、または大臣認定を受けた工法とすることのいずれかに適合するよう求めている。外径の基準は平成12年建設省告示第1422号に定められている。
ここで一つ、正直に断っておきたいことがある。これらの条項番号は、近年の建築基準法施行令の改正で複数回変わってきた経緯があり、複数の専門機関の解説を突き合わせても、参照している改正時点によって項番号の表記が食い違う。本稿では執筆時点で複数の一次情報が採用している条項番号を採ったが、案件ごとの正確な適用条文は、必ずe-Govの現行法令、または所轄の特定行政庁・確認検査機関に照会したうえで確定してほしい。
もう一点、建物の用途によっては建築基準法とは別に消防法上の規制がかかる場合がある。共同住宅の界壁・界床などにあたる「令8区画」では、配管の貫通そのものが原則として認められておらず、給排水管など限定された用途に限って例外的に認められるという、より厳しい枠組みが存在する(消防庁予第53号通知、平成7年3月31日)。自分が扱っている壁が建築基準法上の防火区画なのか、それとも消防法上のより厳しい区画にも該当するのかは、着工前に図面と所轄消防への確認で切り分けておく必要がある。
処理方法の種類——耐火パテ・熱膨張耐火材・貫通スリーブ
貫通処理に使われる部材は、大きく分けて次の系統がある。いずれも国土交通大臣認定または評定を取得した工法・製品の範囲内で使うのが原則で、認定を受けていない材料を「似たようなものだから」と代用することはできない。
- 耐火パテ(不燃材料認定タイプ): 因幡電工の「耐火パテ 硬化型不燃タイプ」(KF-P等)のように、国土交通大臣の不燃材料認定を取得した粘土状の材料を、配管とスリーブ・開口部のすき間に手で詰め込んで硬化させる工法。モルタルのような水練り作業が要らず、垂直面でも垂れ落ちにくいのが特長で、中空壁や片壁の配管貫通部を埋め戻す用途に向く。
- 熱膨張耐火材(フィブロック等): 積水化学工業の熱膨張性耐火材「フィブロック」に代表される系統で、平常時は薄いシート・パテ状のまま設置しておき、火災の熱を受けると5〜40倍に膨張して断熱層を形成し、燃え落ちた配管の跡地を自ら塞ぐ仕組みを持つ。配管が可燃性樹脂管の場合でも、燃え尽きた後の穴を膨張材が埋めるという点が耐火パテとの発想の違いになる。
- 貫通用スリーブ・専用ボックス: 未来工業の「耐火スリーブ」「耐火ボックス」のように、あらかじめ壁・床に埋め込む専用の筒・箱型部材で、その内側にパテや不燃材を充填する前提で設計されている。新設時にスリーブごと計画しておけば、後から配管を追加する際の再処理もしやすくなる。
- 不燃材料そのもので埋める工法: モルタルやロックウール保温材を直接充填する、告示以前からある基本的な工法。手間はかかるが、材料自体は安価で流通も豊富。
選定のポイント——配管径と区画の耐火時間で工法を割り切る
貫通処理材を選ぶとき、担当者がまず確認すべきなのは製品カタログの見た目の使いやすさではなく、次の三点だ。
- 貫通する管の材質・外径: 認定は「金属管でこの外径まで」「硬質塩化ビニル管でこの肉厚以上」というように、材質と外径・肉厚の組み合わせごとに条件が切られている。同じ耐火パテでも、対応する管の範囲を外れれば認定の効力は及ばない。
- 区画に求められる耐火時間: 防火区画には1時間耐火・2時間耐火など、要求される時間の等級がある。貫通処理材の認定・評定もこの時間区分に対応して取得されているため、区画側の要求時間と、使う製品の認定内容が一致していることを確認する必要がある。
- 壁・床の構造(コンクリート・乾式間仕切り・ALC等): 認定は特定の壁・床構造を前提に取得されていることが多く、想定外の下地に同じ工法をそのまま流用してよいとは限らない。
この三つがそろって初めて「この製品を、この現場で使ってよい」という判断になる。逆に言えば、配管径だけ、あるいは耐火時間だけを見て製品を選ぶと、認定条件のどこかを踏み外していても気づけない。メーカーの施工要領書・大臣認定書の写しを取り寄せ、三条件それぞれを突き合わせるのが、遠回りに見えて一番早い選定の手順になる。
施工でよくある不備——パテの充填不足と「後からの一本」
現場で繰り返し起きる不備には、共通した二つの型がある。
一つめは、パテの充填不足だ。スリーブと配管のすき間は、表面だけ見ればきれいに埋まっているように見えても、奥まで詰まっていないことがある。パテは狭いすき間の奥まで押し込む作業であるほど、目視での完了確認が難しくなる。ビューローベリタスジャパンの技術監査コラムが挙げる不備事例でも、「防火区画を貫通する部分の隙間処理が行われていない」という指摘が典型例として紹介されている。表面の見た目と、内部の充填状態は、必ずしも一致しない。
二つめは、後工事で追加した配管の処理漏れだ。竣工時にはきちんと処理されていた貫通口も、その後の設備更新や配線追加で穴を広げたり、既設のパテを一部はがして新しい配管を通したりすると、その瞬間に元の認定工法の条件から外れる。竣工図には載らない「あとから通した一本」が、次の消防検査や遵法性調査で初めて発覚するというのは、決して特殊な事例ではない。同コラムが指摘する「両側1メートル以内が不燃材料になっておらず、大臣認定を受けた工法でも施工されていない」という状態は、まさにこうした事後の変更が積み重なった結果として起きうる。
新設時の施工品質だけでなく、その後の増設・改修のたびに貫通処理が守られ続けているかという視点を持たないと、防火区画は年月とともに静かに劣化していく。
検査・是正の実務
消防検査や特定行政庁の完了検査、あるいは既存建物の遵法性調査で貫通処理の不備を指摘された場合、対応の流れは概ね次のようになる。
- 該当箇所の特定: 図面と現地を突き合わせ、未処理・不完全処理の貫通口をすべて洗い出す。竣工図に記載のない後施工箇所が漏れやすいため、目視での全数確認が基本になる。
- 認定工法の選定: 区画の耐火時間・壁床構造・配管の材質外径に合った、大臣認定または評定を取得済みの工法を選ぶ。
- 是正施工と記録: 施工後は、使用した製品の認定書・施工写真を保管し、検査官・監査担当者に提示できる状態にしておく。
是正そのものは技術的に難しい作業ではないことが多い。難しいのは、どの認定工法が自分たちの現場条件に合っているかを、カタログと図面から正しく突き合わせる部分である。ここで判断に迷う場合は、メーカーの技術窓口、または資材を手配する商社に、区画の耐火時間・配管材質・壁床構造を伝えて確認するのが確実だ。
どう発注するか
貫通処理材の発注は、「区画の耐火時間+配管の材質・外径+壁床の構造+数量」が揃えば進められる。
例: 「2時間耐火区画・コンクリート壁・PF管28相当を10か所、耐火パテで」
「1時間耐火区画・乾式間仕切り・電線管22相当を5か所、認定スリーブ+パテで」
- 認定・評定の範囲内であることが絶対条件。似た製品での代用はできません
- 区画の耐火時間を必ず伝えてください(1時間耐火か2時間耐火かで使える工法が変わります)
- 増設・改修で穴を広げる場合は、既設の処理方法も含めてご相談ください
- 個別の適用条文・工法の可否は、最終的に所轄の特定行政庁・消防・確認検査機関の判断によります
防火区画貫通処理材の購入・見積りについて
電設資材専門商社・松本電業株式会社(東京都台東区台東2-4-11)でお見積り・ご購入いただけます。区画の耐火時間・配管の材質と外径・壁床の構造をお伝えいただければ、対応可能な認定工法・製品を確認のうえ回答します。
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